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南北朝時代 (日本)

日本史における1336年から1392年までの期間 / ウィキペディア フリーな 百科事典

南北朝時代(なんぼくちょう じだい)は、日本の歴史区分の一つ。鎌倉時代と(狭義の)室町時代に挟まれる時代で、広義の室町時代に含まれる[1]。始期は、建武の新政の崩壊を受けて足利尊氏京都で新たに光明天皇北朝持明院統)を擁立したのに対抗して、京都を脱出した後醍醐天皇南朝大覚寺統)が吉野行宮に遷った1337年1月23日延元元年/建武3年12月21日[2][注釈 1]、終期は、南朝第4代の後亀山天皇が北朝第6代の後小松天皇譲位する形で両朝が合一した1392年11月19日元中9年/明徳3年閏10月5日)である[2]。始期を建武の新政の始まりである1333年とする場合もある[3]

Quick facts: 南北朝の内乱, 交戦勢力, 指導者・指揮官, 戦力, 損害...
南北朝の内乱
戦争南北朝の内乱
年月日
和暦延元元年/建武3年12月21日 - 元中9年/明徳3年閏10月5日
西暦1337年1月23日 - 1392年11月19日
場所 日本
結果明徳の和約による南北朝合一
実質的には室町幕府の武家単独政権の成立
交戦勢力
南朝 北朝
室町幕府
指導者・指揮官
天皇

後醍醐天皇
後村上天皇
長慶天皇
後亀山天皇


准后
北畠親房


総大将
新田義貞 
楠木正行 
楠木正儀
和田正武
楠木正儀(再)
楠木正勝


四条家
四条隆資 
四条隆俊 


伊勢国司北畠家
北畠顕能
北畠顕泰


征夷大将軍
興良親王
宗良親王


新田氏
新田義興 
新田義宗 
新田貞方


陸奥将軍府
北畠顕家 
北畠顕信


征西将軍府
懐良親王
後征西将軍宮


菊池氏
菊池武光
菊池武政 
菊池武朝


その他
北条時行 
脇屋義助
宇都宮公綱
伊達行朝
井伊行直

天皇

光厳天皇
光明天皇
崇光天皇
後光厳天皇
後円融天皇
後小松天皇


准后
二条良基


征夷大将軍
足利尊氏
足利義詮
足利義満


直義党
足利直義 
足利直冬


執事/管領
高師直 
高師世 
高師直(再) 
仁木頼章
細川清氏 
斯波義将
細川頼之
斯波義将(再)
細川頼元


鎌倉公方
足利基氏
足利氏満


関東執事/管領(略)
上杉憲顕
畠山国清


奥州総大将/管領(略)
斯波家長 
畠山国氏 


九州探題(略)
一色範氏
今川了俊


その他
佐々木導誉
山名時氏
赤松円心
小笠原貞宗
武田信武

戦力
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損害
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南北朝の内乱
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