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カルロ・ルビア

イタリアの物理学者 ウィキペディアから

カルロ・ルビア
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カルロ・ルビアCarlo Rubbia1934年3月31日 - )はイタリア物理学者。1984年のノーベル物理学賞受賞者。

概要 ノーベル賞受賞者 ...

経歴

ゴリツィア出身。ピサ高等師範学校で宇宙線の研究をした後、1957年にピサ大学を卒業、1958年頃に渡米しコロンビア大学ミューオンの実験に加わる。1960年頃、ヨーロッパに戻り、新設された欧州原子核研究機構(CERN)で弱い相互作用に関する実験を行った。1970年にハーバード大学の教授になったが、ヨーロッパとの間を行き来してCERNでの仕事を続けた。1976年に陽子と反陽子を同一のリング中で加速するSuper Proton Synchrotron (SPS)の製作を指導した。SPSは1981年から稼動し、1983年1月にUA1検出器でWボソンの生成されたことを発表した。2ヶ月後にはZボソンも観測された[1]

1984年、カルロ・ルビアはシモン・ファンデルメールとともに、ノーベル物理学賞を受賞した。史上、発見から受賞までが最も短いノーベル賞受賞となった。同年、王立協会外国人会員に選出、1985年には同協会からベーカリアン・メダル、1989年にはニューサウスウェールズ大学よりディラック・メダルを受賞。

1989年から1993年までCERNのジェネラルディレクターを務めた。

また、ルビアは加速器駆動未臨界炉(加速器で陽子を燃料にあてて中性子を発生させる原子炉)の構想を提案している。トリウムを燃料とするもので、本質的に暴走事故の恐れがないこと、放射性廃棄物半減期が短いことなどの特徴がある。

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脚注

関連項目

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