トップQs
タイムライン
チャット
視点
クリスチーナ・リンドバーグ
ウィキペディアから
Remove ads
クリスチーナ・リンドバーグ Christina Lindberg(スウェーデン、ヨーテボリの生まれ。1950年12月6日-)は、スウェーデンの女優、グラマーモデル、ジャーナリスト。スウェーデンで最も有名なセンターフォールド(中央見開きページ)とエクスプロイテーション映画のスター。
生い立ち
リンドバーグは、姉妹と3人の兄弟と共にヨーテボリの労働者階級の家で育った[1]。彼女は学校でラテン語を学び、考古学の勉強を続ける予定だった。
モデル
高校時代(18歳頃)に新聞に掲載された彼女の水着姿が注目を集め[2]、男性誌(「FIB aktuellt」や「Lektyr」など)でヌードモデルを始めた。彼女は純真無垢な瞳、甘く可愛らしい容貌、そして均整のとれた身体によって人気のセンターフォールドモデルになり、ペントハウス誌(イギリス)、PLAYBOY誌(アメリカ)、Lui誌(フランス)、Mayfair誌(イギリス)に登場した。彼女は、1970年6月のペントハウスペットである(Britt Lindberg名義。[3])。
映画
クリスチーナは23本の映画に出演した。そのほとんどがエロティカかエクスプロイテーションかソフトコアの映画だった。最初の映画はスウェーデン人のキャストによりスウェーデンで撮影され、アメリカで製作された、『情欲 (Maid in Sweden) 』である。続いて1970年に公開されたJan Halldoffs監督のコメディ『 Rötmånad 』に出演した。この映画はスウェーデンで250,000人以上の観客を動員し、商業的な成功を収めた[4]。3本目の映画『露出 (Exponerad) 』は、1971年のカンヌ国際映画祭で評判となり、彼女を国際的な有名人にした[5]。
その後は多数のエクスプロイテーション映画に出演、その多くはドイツと日本で撮影された。映画『露出 (Exponerad) 』の広告キャンペーンの一環として来日し、これが日本映画への出演要請に繋がる。日本では鈴木則文監督のピンク映画の古典的名作『不良姐御伝 猪の鹿お蝶』(1973年・東映)で重要な脇役を演じ、中島貞夫監督の『ポルノの女王 にっぽんSEX旅行』(1973年・東映)では主演している。1972年、Bo Arne Vibenius(別名アレックス・フリドリンスキー)監督の映画『ゼイ・コール・ハー・ワン・アイ〜血まみれの天使〜(Thriller - en grym film) 』で主役のフリッガを演じた。クエンティン・タランティーノ監督はこの映画とクリスチーナの演技を賞賛した[6]。そして、フリッガは後にタランティーノの映画『キル・ビル』でダリル・ハンナが演じた隻眼の女殺し屋、エル・ドライバーの着想の源となっている。キル・ビルの中には、『不良姐御伝 猪の鹿お蝶』へのオマージュもある[7]。アクションパロディコメディ『Sex, lögner & videovåld 』(2000年)でクリスチーナは、フリッガとしてカメオ出演をしている。
クリスチーナはジェラルド・ダミアーノ監督の映画『フロッシー (Flossie) 』[8]の西ドイツ(当時)での撮影中、ヌードシーンが露骨にエスカレートしていくのを嫌い、撮影を残したままスウェーデンに帰った。ダミアーノ(『ディープ・スロート』で名高い)は、この映画をハードコアにするつもりだったので、クリスチーナに去るよう説得した。ドイツの製作者は映画を完成させるため、数年間彼女を呼び戻そうとした。Videooze(1996年、No.8)によると、およそ1,000メートルのフィルムがダミアーノによって撮られていたが、製作は中断したまま二度と再開されなかった。
1980年代を最後に表立った女優業はしていなかったが、2000年前後から短編映画などで時折女優業に復帰している。2016年、2018年、2020年には長編映画にも出演した。
ジャーナリスト

1975年、オルガルド・ウエルトン (Öllegård Wellton) から個人授業を受けた後、シアタースクール「Scenskolan」を受験したが、2次試験まではパスしたものの、3次試験で失敗した。彼女はPoppiusでジャーナリズムを勉強しながら自ら被写体となり、男性誌に記事を寄稿し続け[9]、ついにはジャーナリストとしての名声を確立した。
1972年、彼女はボー・シールベリ (Bo Sehlberg) と恋に落ち、後に彼の航空誌「Flygrevyn」誌のために働き始めた。フィアンセが2004年に亡くなった時、彼女はスカンディナヴィアで最も大きな航空誌である、この雑誌のオーナー兼編集長になった。
豆知識
- クリスチーナは熱心なキノコ採集者である。1993年に、彼女は『Christinas svampskola』という20分の教育ビデオを撮っている。(直訳:『クリスチーナのキノコ学校』)
- クリスチーナは、環境問題、野生生物保護、環境保護の農業、動物の権利保護に没頭している。
- 彼女は、女優としての絶頂期に2曲の歌を吹き込んでいる。
- ボー・シールベリは1973年に『This is Christina』(クリスチーナのすべて、ISBN 9789185004010)というフォトブックを出版した。
- 映画『Rötmånad 』の後、クリスチーナは国王カール16世グスタフのガールフレンドの1人になった。「Videooze」のインタビュー[1]において、彼女は国王のボルボP1800でドライブし、宮殿でグスタフの姉妹、クリスチーナ王女が催したダンスパーティに招待された事を回想している。
- 彼女は、2匹のシャム猫を飼っている。
- 彼女は、菜食主義者である。
- 2012年、カナザワ映画祭に招待され[10]、40年ぶりに「女優」として来日した[11]。
- 2012年にはスウェーデンのTV番組において、遠景ながらも久しぶりにトップレスを披露した[12]。
Remove ads
出演作品
要約
視点
映画
ミュージックビデオ
表紙
他多数
Remove ads
脚注・出典
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads