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タイ国有鉄道の車両形式

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タイ国有鉄道の車両形式
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タイ国有鉄道の車両形式(タイこくゆうてつどうのしゃりょうけいしき)は、タイ国有鉄道在籍の鉄道車両一覧である。

なお、ここでは過去の車両も含むが、すべてを網羅するものではない。

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ALS型ディーゼル機関車
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一般的な三等客車
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中国製新型客車(右奥にE&O客車)

概要

タイ国鉄では、動力車を輸入により調達しているが[注釈 1](詳細は後述)、客車貨車については自社マッカサン鉄道工場による内製車も行っている[1][2]。1940年代後半以降、日本の国鉄客車を基本設計とする客車が日本からの輸入および内製により、断続的かつ多数調達されており(例として国鉄10系客車#タイ国鉄への新車輸出車両も参照)、1980年代後期頃からはステンレス製の客車が日本や韓国から輸入されている[3]

1990年代中期以降は、他国の鉄道事業者の中古車両の譲受も行っている。1995年には、オーストラリアクイーンズランド鉄道からシティートレイン電車を譲受し、客車に改造して投入した。1997年以降は、西日本旅客鉄道(JR西日本)で余剰となった鉄道車両(キハ58系気動車12系客車14系客車24系客車)が無償譲渡され、軌間変更等の改造を実施した上で使用されていたが[4][5]、その後は大部分が定期運用から外れた。12系客車の冷房装置は故障が頻発し使われなくなった(二等改造車を除く)。14系寝台車、24系は冷房装置の載せ替えを経て使用されたが、2016年11月より運用開始した[6]中国製客車により置き換え対象となった。

2019年6月時点で、キハ58系気動車は全車廃車もしくは休車中。のちに一部は改造を受け事業用車として現役復帰した。また14系座席車については定期運用がない。

2010年以降、旧型機関車の更新のため電気式ディーゼル機関車50両の導入が計画されており[7]、その一環として20両の中国製新型車が2014年に納入された。

前述の通り、主な鉄道車輛は他国からの輸入で賄われてきたが、近年は国産化を模索する動きがみられる。2022年KMITLとの産学連携により開発中の試作客車が公開された[8]

路線の大半が非電化区間であるがゆえに、依然として動力源を内燃機関に頼らざるを得ない状況ではあるが、KMITLとの産学連携で電気機関車の導入が研究されている。2022年に中国製の蓄電池機関車試作車の試運転が開始され[9]、翌2023年1月にも公開された[10][11][注釈 2]

線路の保線にも事欠かさず、マルチプルタイタンパー(以下:マルタイ車)が有名なところでは世界的に代表されるメーカーであるオーストリアプラッサー&トイラー社製の機材が数多く配備されているがこれも他の客車同様日本からの中古機材である。JRグループおよび日本の私鉄・公営交通で使われた機材がタイに支援込みで中古輸入されている。日本では、NoX法に基づいて排ガス規制をクリアした同社製新型機材に置き換えられ、経年化した機材が捻出されてタイ国鉄に配備された。

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機関車

要約
視点

内燃機関車

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GEA型ディーゼル機関車

欧州アメリカ日本および中国製のディーゼル機関車が使用されている。ドイツ製を中心に、初期に多くみられた液体式(機関の出力をトルクコンバータおよびギアを介して車軸に伝える方式)は次第に数を減らし、代わって1960年代以降に導入された電気式(機関により発電しモーターを駆動する方式)が主流となっている、気動車がすべて液体式を採用しているのと対照的である。2015年からは初の中国製機関車が投入された。

  • 詳細については各型式の記事を参照のこと。
  • 2018年に日本から中古のDD51形が発送されているが、タイ国鉄保有車ではないため本項では記述しない。
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蒸気機関車

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968号機(1969年、ハートヤイ駅)
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入換作業中の291号機(1973年撮影)
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DX50形(後期型、車番不明)CX50形(後期型、車番不明)

タイに導入された蒸気機関車は、おおむね第二次世界大戦を基準に大別できる。

  • 戦前 - シャム国鉄[注釈 4]が欧米の列強より導入した車両群
  • 戦時下 - 日本国内より南方戦線へ供出された元・C56形C58形、および新製車
  • 戦後 - 日本が戦後に米とのバーター貿易で輸出した[注釈 5]新製車、GHQが復興用に譲渡した前線輸送用車両

現役を退いた後も国内各所で保存されているほか、一部は日本に返還された。2019年現在、タイ国内にて動態保存されている車両はすべて日本製である。 なお、タイでは日本製の機関車についての俗称として「ミカド」というものがあったが、車軸配置のミカド(2-8-2)とは無関係で、動輪が3軸(一例にパシフィック(4-6-2)の849号機)もミカドと呼ばれていた[20]

外見上の特徴

車体がグリーン(ライトグリーンとダークグリーン)、足回り(排障器と動輪)が赤で塗装されており、基本的に右運転台方式(日本軍の持ち込んだものなどは例外)なので逆転機が右、給水ポンプが左にある。また、発電機やヘッドライトはあるが、空気ブレーキではなかったのでエアータンクやコンプレッサーはない[20]

燃料

森林資源の豊富なタイでは木材を薪として燃料に使用しており、テンダーの上部に柵のようなものを設け、そこに薪を山積みに搭載していた。時代が下っても石炭炊きではなく重油燃焼式へ改造されたものの方が多く、薪炊きとオイル炊きが半々ぐらいまでになってた時期もあった[20]


元・日本鉄道省C56形。南方供出対象となった1 - 90号機の計90両が1941年より順次改造開始、1942年に転出。 一部の車両については、改造後いったん解体されたのちに発送、現地で再び組み立てられた。
  • 701 - 746 (1935年 - 1936年製造) - 48両は当初タイ側を拠点に運用されたが、連合国の爆撃により泰緬鉄道が寸断された結果、うち2両がビルマ(現・ミャンマー)側に取り残された。残る46両が連合国の接収を経てシャム国鉄に属した。
    • 701・723 - 元C56 3、28号機。退役後、払い下げられた両機はアクション映画の撮影に供されることとなり、運命を共にした[注釈 6]
    • 713・715 - 動態保存機。 (元・C56 15、C56 17)715は予備機扱い。
    • 725 - 元・C56 31。泰緬鉄道開通記念列車を牽引したとされる。靖国神社遊就館内にて静態保存中。(2019年現在)
    • 735 - 元・C56 44。再度1,067 mmに改軌を経て、大井川鐵道にて使用中。(2019年現在)
元・日本鉄道省C58形。1944年に改造を受け供出された。元番との対応は以下の通り。
  • 761 - C58 52
  • 762 - C58 54
  • 763 - C58 130
  • 764 - C58 136
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DX50形(前期型、車番不明)
後期型とドーム形状の相違が判る
国鉄D51形蒸気機関車と似た日本製ミカド機
  • 351 - 378 - 戦時中(1936年 - 1943年)導入の前期型。
  • 901 - 970 - 戦後に(1949年 - 1950年)導入の後期型。
    • 953号機 - 動態保存機。
国鉄C57形蒸気機関車と似た日本製パシフィック機。
  • 283 - 292 - 戦時中(1942年 - 1943年)導入の前期型。
  • 821 - 850 - 戦後に(1949年 - 1950年)導入の後期型。
    • 824・850号機 - 動態保存機。
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保存中の235号機
  • 380形 - 380 - 447号機。1948年から1949年にかけて68両が払い下げられたアメリカ製ミカド機で、通称「マッカーサー機関車」。
  • 451形 - 451 - 456の6両[21]ヘンシェル(ドイツ)製ガーラット機。
  • 457形 - 457・458の2両[21]。ヘンシェル製ガーラット機。451クラスと仕様が異なる。
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注:必ずしも車番の順序通り増備されてきた訳ではない。

メークローン鉄道・蒸気機関車

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電車

国鉄本線においては電化区間が存在せず[注釈 7]エアポート・レール・リンクにのみ電車が導入されている。

4両10編成、6両15編成の計130両を発注しており、2019年9月に第一ロットの2編成が笠戸工場より発送された[24][25]

気動車

要約
視点

タイ国鉄の気動車は最初に登場したFRICHS型がデンマーク製であることを除き、日本・イギリスおよび韓国製で、すべて液体式変速機構を備える。

客車列車にくらべて加速性能、最高速度の点で優位に立ち、優等列車としての地位を確保しているものの、気動車には一等車、寝台車が存在しない。また、気動車の数が増加し始めてからの年月が客車や貨車に比べ短いため、それらのような改造、改番が極めて少ない点も特筆される。

そのようななかで改造を受けた車両に、THN型およびNKF型の一部があげられる。それらの車両は急行用編成として5両固定編成化されており、この際に編成中間に連結された車両から制御機器類が取り外された[注釈 8]

既存の車両は製造から30年以上が経過し老朽化していることから、2027年から2030年にかけてエアコン完備の新製ハイブリッド式気動車を導入する予定[26]

略号

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特急型気動車

ASR型

1991年に英国のBREL社が納入したASR型はタイ国鉄初の特急型気動車として運用が開始された。ASR型は自動ドアやエアサスを標準装備し、これまでのタイ国鉄の車両とは一線を隔した豪華な仕様だったが、その分保守の面では整備性が悪く、電装系統の故障や老朽化が目立ってきたため、現在では北本線のバンコク-サワンカローク-シーラー・アット間の1往復の運用を残し、定期特急列車の運用からは外れている。ただし、タイ国鉄では現在、同系式車の大規模な車体更新工事が行われているため、今後も優等列車用の車両としての活躍が予想される。

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ADR型気動車1次車(APD-20型)
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ADR型気動車 2次車(APD-60型)

ADR型

ASR型の後継車両としてADR型が1995年から韓国の大宇重工業によって製造、納入された。投入当時1次車(APD-20型)は急行用、2次車(APD-60型)は特急用とされ、最高速度も2次車がASR型と同じ120 km/hであったのに対し、1次車は100 km/hに抑えられていたが、のちに1次車も最高速度が120 km/hに引き上げられ[注釈 9]、2次車と共通で特急運用に充当されることとなった[注釈 10]。ADR型1次車の特急運用への格上げによって不足した急行運用車両には、後述のTHN-NKF型が充当されることとなった。現在では両型車とも特急用として共通運用されている。

ADR型1次車は2次車に比べて車幅がやや狭く、2次車が全体的に丸みを帯びた断面であるのに1次車は細長い面持ちをしていることから見分けがつく。ADR系は現在のディーゼル特急の主力車両で、バンコクを拠点に北本線のチェンマイ、東北本線・南線のウボンラチャターニー、南線のスラーターニー、ヤラーへの定期運用を持つ。

元JRキハ183系

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発送を待つキハ183系(2020年)

2017年に引退した北海道旅客鉄道(JR北海道)のキハ183系特急形気動車 計17両がタイ国鉄へ無償譲渡されることとなり、2021年12月に陸揚げされた[27]。1067 mmから1000 mmへの改軌および改装が進んでおり、2022年6月には最初の完成車両が公表された。内外装ともにJR在籍時の装備や表記類が多く残置あるいは再現されているが[28]、狭小トンネル対策として運転台上部のヘッドライトが撤去され、代わりに本体上部(運転台直下)の左右に新たにヘッドライトを設置した[29]。塗装はJR時代の末期に纏っていた、オホーツク色を踏襲している。

ラオス方面向け国際列車に充当する構想も存在するが[27]、当面はバンコク近郊の観光列車に充当される方針[28]。なお、車体は室蘭港の埠頭で5年近く野ざらしにはされたが、その間もエンジンだけは時折起動させて極力劣化を防いでいた[29]

2022年12月24日 タイ国鉄東線 チャチュンサオ行の日帰りツアー列車として、4両1編成の営業運転が開始された。タイ国鉄ジャーナル 仏歴2566年1月号にて詳細スペック等が公表されたが、タイ国鉄独自の車番は付与されず、キハ183もしくはKIHA183の形式がそのまま採用されている。

2023年6月29日に第2編成(3両)がマッカサン工場を出場、8月31日にキハ182-41が追加で出場し、4両編成として組成された。

2023年8月16日にアユタヤで開催されたKTMBSRTとのJoint Conferenceの関係者輸送として使用され、2023年9月16日のチャチュンサオ行の日帰りツアー列車より一般客への使用が開始された。

二等車

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一般形気動車

  • 詳細については各型式の記事を参照のこと。
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NKF型気動車

代表的な車両としては、1985年から1986年にかけて、東急車輛、日立製作所、日本車輌等の日本の車両メーカーが製造し納入したTHN型、およびその改良型のNKF型[注釈 14]が2扉セミクロスシートの汎用型気動車として、バンコク近郊区間の近郊列車から、東北方面への急行列車に至るまで幅広く使用されている。そのほか、THN系に連結される中間2等車であるATR型や、70年代に投入された旧型気動車であるRHN型などが現役で運用されている。

元JRキハ58系

日本から譲渡されたキハ58系の運用期間は7 - 8年と大変短いものであった。現在はほぼすべての車両が保留されている状態[30]であり、ごく少数の車両のみが事業用車として活用されている。キハ58系の譲渡は1997年26両、1999年20両の2回行われたが、運用に就いたのは1997年分だけであり、1999年分の車両の中にははタイに到着後タイ国鉄カラーの塗り替えまで完了していたものも存在したが、営業に就くことはなかった。晩年には冷房装置故障による二等車から三等車への格下げ、さらにエンジンを外したうえでの客車への転用改造も行われたが、いずれの際も改番は行われなかった。ただし特別料金の徴収は廃止された。

この背景には、同系の老朽化が進んでおり、故障が多発していたことに加え、日本の気動車の中でも大型の車体であった同車はタイ国鉄の車両限界を超えており、北本線北部の山岳区間や東北本線のマップカバウ - ヒンラップ間の急曲線に対応できなかったという事情のほか、運転席位置がタイ国鉄の通常の車両とは逆になっているため[注釈 15]、信号認識や単線非自動閉塞区間での通票受け渡し業務に支障が生じ、現場から不評を買ったことなどが挙げられる。実際、キハ58系列の譲渡以後も日本からの中古気動車の譲渡計画が浮上したが、上述の元JR北海道キハ183系譲渡まで長らく実現には至らなかった。

二等車

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二・三等合造車

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三等車

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客車

要約
視点

タイ国鉄における客車の歴史は改造、改番の連続でもある。そのため、その体系ははっきりとしたものではない。例えば最大勢力をほこるB.T.C.型も若番より見ていくと製造年[注釈 16]は必ずしも規則通りに推移しておらず、車両の歴史は製造年と改造年で把握していく必要がある。また、「標準仕様車」という考えはあまり存在しないとみられ、ロットごとに微妙なスペックの違いがみられる点も特徴。気動車と同様、車番だけでその車の情報を読み取る事は困難となっている。

現在運用中の車両の大半が空気ブレーキ方式である。1990年代後半から、車両の増備は外国からの中古によるものが大半を占めたが、それらは中古であり、老朽化が目立つようになってきたことから、2014年に中国の中国中車(発注当時は中国北車)に一等座席・寝台9両、二等座席・寝台88両、食堂車9両、動力車9両の新製客車計115両を46.7億バーツで発注した。これらは2016年6月から11月にかけて納入され[32]、同年11月より運用を開始[6]、定期列車で運用される日本からの中古の14系・24系客車を置き換えた。ただし、その後も14系・24系客車は頻繁に定期列車の運用につくことが確認されている。

なお、2016年には北海道旅客鉄道(JR北海道)より14系500番台座席車の10両が無償譲渡されている[27]。これらはしばらく動きが無かったが、団体・各種イベント向け貸切列車としての改装計画が後に公表された[33]

2024年3月1日に改修を終え ROYAL BLOSSOM の愛称が与えられ、キャンディレッドに塗装された5両の試運転が行われた。

3月15日 - 17日にかけて報道公開として正式にアンベールされ、クルンテープアピワット~ランパーンを往復した。

塗装に関しては、しばしば変更され、ほぼ全ての車両が塗り替わった頃に次の塗装が登場し、その塗装への塗り替えが開始されるといったパターンを採用しているほか、何かのイベントが開催される毎に塗装の変更を行うこともある。

2016年より東北線の複線化事業が行われ、同時にプラットホームの高床化が行われた。このため従来の車両のままでは乗降に支障をきたす為一部の車両では1車両に2か所ある乗降口1か所(車両外側より見て左側)に可倒式の乗降補助板が設置された。低床ホームでは使用せず、高床ホームでは倒して使用するが1車両1か所しかないため設置されていない側からの乗降客には不便である。プラットホームの高床化の進行に合わせて乗降補助板付きの車両が今後増えていくと思われる。

略号

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貴賓車

タイ国鉄ではJR西日本より譲渡されたA.P.V.2(元スハ25 301)の使用方法を思いあぐねていた。スハ25型は1両のみの在籍であり、そして窓配置が座席車としての使用を困難にしていた。そのため、当初はJR西日本と同様の使用方法をした。ちょうどその時期、2006年12月に発生した連結事故により両妻面を破損・陥没したA.N.S.101(元オハネ14 33)が、修理のために工場入りしていた。これに目を付け展望車に改造したのちに追加で1車A.T.C.308?(元スハフ12 1009)を食堂車に改造しA.P.V2とあわせて3両のジョイフルトレインが完成した。貸切が可能[注釈 17]として増収を期待しているが稼働率は高くない。

王室専用の車両が3両あるが、下記表には非掲載。

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一等寝台車

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2016年より運用を開始した中国中車製の新型車両では、二人用個室が12室あり定員24名。室内には洗面台とモニターがあり、モニターを通して食堂車からデリバリーを受けることも可能。また2室で一対となっており、個室間の仕切りを開放すれば最大4名で利用できるコネクティングルームともなる。車端部にはトイレとシャワールームが設置されている[34]

二等寝台車

2004年JR西日本より14系寝台車が12両譲渡された。A.N.S.101より始まる連続附番方法でA.N.S.112まで続いた。そして4年後の2008年再びJR西日本より14系、24系寝台車が合計32両譲渡された。これにより合計44両の一大勢力となり連続附番方法が見直され車種毎の番号区分を設けた。このため初代、二代目となる車が誕生した。初代A.N.S.105 - 初代A.N.S.106はA.N.S.201 - A.N.S.202を名乗る予定であったが初代A.N.S.106が事故にあい廃車となった。A.N.S.202は確認されていない。A.N.S.237-A.N.S.242(旧オハネフ25全車)は全車発電用ディーゼルエンジン取り付け改造を行ったが登場後まもなく一部車両が事故で廃車となった。

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中国中車製の新型車両では、中央の通路を挟んで左右に上下段の寝台が設けられている。これは、かつての日本国有鉄道の開放型A寝台と同じ構造である。天井部にはモニターと防犯カメラが設置されている[34]

二等車

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二・三等合造車

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三等車

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荷物車

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食堂車

中国中車製の新型車両には厨房設備がないため、あらかじめ車外で調理され積み込まれたもの(主にチャーハン)を電子レンジで加熱して提供するのみで、実質は売店営業のみ。

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事業用車

略号
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貨車

要約
視点

5桁6桁ナンバーの車両は新性能車で最高速度が70 km/h以上である。この速度は一つの目安になっており、最高速度70 km/h以上の車には星形マーク(〇に☆のマーク)が標記されている。

最高速度70 km/h未満の車両で現役の車両は数を減らしつつある。

貨車に限らず、全ての車両が最高速度で運用されているわけではない。タイ国鉄が誕生した当初の車両は全て真空ブレーキ車であったが、近年では空気ブレーキ車(現在の日本と同じ)、真空ブレーキと空気ブレーキの両装備車(デュアルブレーキ車)の3種類混在しているが、日本と違い真空式車をすべて加圧式に改造したわけではない。また、同一形式内であっても異なる方式の車が存在するため、運用がややこしくなり、同一形式編成による列車が多い。このブレーキ方式の違いは車体外部に標記されている。この標記は気動車を除くすべての車両にあるが、真空ブレーキ車の場合省略されることが多い(黄色〇、赤色〇等)。近年では空気ブレーキ車が大半をしめ、機関車も空気ブレーキのみ装備の車が登場した。

荷重13.5 tの時代が長く続いたが、当時の線路規格が低く、軸重10.5 tの制約が存在したためである。つまり荷重+自重が21 t(2軸車の場合)になる様配慮されていた。若干はみ出ている車もあるが日本程厳密ではない。現在では重軌条化、軌道リハビリプロジェクト等により軸重15 tまで引き上げられボギー貨車の一部には早くも上限度までの車も登場した。

コンテナ車はその長物車に似た外観よりしばしば長物車としての荷役についている。 操重車(クレーン車)は機械扱いであるが、以下の表には記載する。

略号

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有蓋貨車

1994年頃にB.C.G.50001 - 50158がB.C.G.25001 - 25158へ改造されたが、同車のボギー台車に何かしらの問題があったものと推定される。

B.C.G.50000では軸距が1,750 mmであったが、B.C.G.25000では1,650 mmとなっており、台車交換の結果減トンしたと思われる。また、50000から25000への改番は逆附番方式となっている(50158→25001、50157→25002..)。

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無蓋貨車

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タンク貨車

ガスタンク車、オイルタンク車ともに6桁ナンバーとなっているが、10万番台の数字は1 SRT、2 PTT、3 ESSO、4 SHELL、5 CHEVRONの所有者を表し、1万番台1000番台の2桁で形式を表している(B.O.T.233XXXとB.O.T.333XXXは所有者は違うが形式は同一である)。また、オイルタンク車は1981年ごろに大改番が行われ、それらの以前の番号はB.O.T.1より始まっていた(凡例B.O.T.1→B.O.T.125001,B.O.T.2→B.O.T.125002..)。

タイは原油産出国であるため、1次製品と2次製品の輸送がある。

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ホッパ貨車

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事業用貨車

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操重車

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注釈

  1. 例外として、一部の蒸気機関車はタイ国内で組み立てた。最初の事例は、のちに大井川鐵道で復活したC56 44号機。
  2. 国産とする報道記事もあるが、正しくは中国中車(CRRC)大連製造である[9][12]
  3. Thailand Transportation Policy and Regulations Handbook では 2x1,430 ps
  4. シャム王国が1939年にタイ王国に改名された後も、1951年まで組織としてはシャム王国国有鉄道局(SRS)を名乗っていた。詳細はタイの鉄道の歴史英語版 を参照。
  5. よく「戦時賠償の一環で製造された」とされるが、これは間違い。日本とタイの間には、日本とビルマやフィリピンなどの間で締結されたような賠償協定はなされておらず、従ってタイ国鉄には、いわゆる「戦時賠償」として製造・輸出された「賠償車両」は在籍しない。
  6. 原題 "H-Bomb" (1971年、別題 "Dtàt lìam pét", "氫弾大勒索" , "Operation Alpha" など)。監督 フィリップ・シャロン英語版、主演オリビア・ハッセークリス・ミッチャム英語版ロバート・ミッチャムの長男)。列車正面衝突シーンがポスターに描かれている。日本でも邦題「スクランブル」として1978年に公開された。ちなみに原題は水素爆弾の意味。
  7. 2020年末に部分開業した新線、通称ダークレッドラインは電化されている。また、過去にはマハーチャイ線の一部が電化されていた時期がある
  8. 既存車の部品取り用と思われる。
  9. 本来同形の機関を搭載しているため速度引き上げに際しての改造等は行われていない。
  10. この処置の背景には、先に特急運用に就いていたASR系が上述のとおり予想よりも早く不具合を来し、故障や部品取りによる車両不足をAPD20型を充当することで凌いだという事情がある。
  11. BRELはBritish Rail Engineering Limited(イギリス国鉄エンジニアリング有限会社)の頭文字から。本形式が製造されたダービー工場は同国鉄の民営化によりアセア・ブラウン・ボベリの鉄道部門へ売却され、さらに同部門がボンバルディア・トランスポーテーションへ吸収されたことから、現在はボンバルディア・トランスポーテーションの工場として機能。
  12. ボルボ・FH/FMVersion 2(2002年-2012年)トラック用の流用とされる。
  13. 大宇重工業の鉄道車両部門。同重工業を傘下に収める大宇財閥の消滅後、鉄道車両部門は大韓民国内のほかの重工業企業の鉄道車両部門と合併し、現在の現代ロテムを結成した。
  14. THN系やTHN-NKF型とも呼ばれる。
  15. タイ国鉄の車両は原則として進行方向右側に運転席が配置されている。
  16. ここでは種車の製造年を指す。
  17. タイ国鉄においては、この車両に限らずほぼ全ての車両の貸切が可能である。
  18. 1920年代以前はメトロポリタン客貨車会社。メトロキャメルはのちにフランスのアルストムに買収された。
  19. 後述する日本製のステンレス製二等寝台車とよく似た外観となっているが、日本製のステンレス製二等寝台車の設計に関わる著作権を無視して製造・納入したとされ、問題となったといわれる。
  20. 現在、同社の鉄道車両部門は再編により、現代ロテムとなっている。
  21. 宇都宮車輌は1955年に富士重工業へ合併し、同社の鉄道車両部門となった。
  22. のちのアルナ工機。この車両は日本国内の客車を基礎としているものの、アルナ工機時代も含めて、基本的に日本国内向けの鉄道車両の製造を行っていた同社としては珍しい、輸出向けの鉄道車両の一つである。
  23. オーストラリアの鉄道車両メーカーで愛称はComeng(コメング、コメンジ)。東急車輛と同様、アメリカ合衆国の鉄鋼・鉄道車両メーカーのバッド社とステンレス製車両の技術に関するライセンス契約を結んでおり、当車両もそれにより製造されたステンレス製車両の一つである。
  24. ベルギーの鉄道車両メーカー。ラ・ブルージョワーズやBNとしても知られ、現在はボンバルディア・トランスポーテーションのベルギー工場となっている。
  25. アメリカとタイの両国による共同軍事諮問集団の通称。
  26. 台北機廠のことを指すと思われる。
  27. United Thaiグループの正式な通称。United Thaiグループはタイの物流企業。
  28. 1966年創設。のちに中国南車へ組み込まれ、現在は中国中車眉山車両有限公司。
  29. 大韓民国の重工業メーカー、韓進重工業の鉄道車両部門。同部門はのちに分社化され、現代精工や大宇の鉄道車両部門とともに現在の現代ロテムを結成した。
  30. Korea Shipbuilding and Engineering Corporation(韓国造船工学会社)の頭文字から。大韓民国における四大造船企業の一つであったが、のちに韓進重工業へ吸収された。
  31. 上記KSECのPusan(釜山)造船所を表すとみられる。
  32. ドイツの貨車製造メーカー。現在はボンバルディア・トランスポーテーションの一部となっている。
  33. アメリカ合衆国の起重機製造企業。同社の操重車は"Orton railroad crane"というブランドで知られる。
  34. ドイツの起重機製造企業。
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脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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