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チャンヨル
韓国の歌手、ラッパー。EXOのメンバー ウィキペディアから
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チャンヨル(朝: 찬열、英: Chan-yeol、1992年11月27日 - [1])は、SMエンタテインメント(以下SM)に所属する韓国出身の歌手、俳優。男性アイドルグループEXOならびにEXO-Kのメンバーで[2]、ポジションはメインラッパー、サブボーカルである[3]。また、セフンとのユニット・EXO-SCとしても活動している。
本名はパク・チャンヨル(朝: 박찬열、漢:朴찬열※漢字表記は姓のみ、英: Park Chan-yeol)[4][5]。日本の公式サイトやマスメディアではチャンヨルと表記・呼称されているが[2]、チャニョルとされる場合もある(後述)[6]。ソウル特別市出身[7]、血液型はA型[4]、身長185cm,足のサイズは29cm。[8]。
現代高等学校卒業[9]、2012年慶煕サイバー大学校文化芸術経営学科入学[10]。
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名前
「찬열」という名前は純朝鮮語のため漢字表記が無く[11]中華圏での活動の際は名前を当て字にして「朴燦烈」(繁:燦烈、簡:灿烈)という芸名を使用している[5]。 日本での活動の際は「チャンヨル」と表記・呼称されることが多いが、朝鮮語での発音は「チャニョル」である。
ちなみに、チャンヨルという名はアルチャンヨルメ (充実した果実)という意味を持つ[12] 。
人物
- 江東区に母の経営するイタリアンレストラン「Viva Polo」、永登浦区に父の経営するライブカフェ「よい世界作り」がある[13]。しかし、母が経営する「Viva Polo」は既に閉店している[11]。2016年4月以降YTNアンカーを務めているパク・ユラは実姉[14]。パク・ユラとは年が3つ離れており、仲の良い顔のよく似た姉弟として知られている[15]。
- 架空能力は火 (fire)で、フェニックスを召還する人物として設定されている[1]。
- グループ内で日本語を得意とするメンバーのひとりであり、日本での活動時は通訳を介さずに受け答えすることも多い。また、アメーバ個人ブログを日本語で更新している[16]。
- 車の運転免許所持[17]。
- ニックネームは歯並びが良いことから「歯のセレブ」[1]、メンバーたちにエネルギーを与えるということで「ハッピーウイルス」、耳が大きいことから「パク・ドビー」[注釈 1]、「ヨーダ」[11][8]。
- 趣味は音楽鑑賞、特技は作詞と楽器演奏[4]、ラップ[19]。ギター、ドラム、ベース、ジャンベ、ピアノなどの演奏を得意とする[8][20]。
- 作曲も手がけ、自作曲の動画をInstagramに投稿している[21]。
- 理想の人物はジェイソン・ムラーズとエミネムで、よく聴く音楽はヒップホップとラップ[4]。
- 好きな食べ物はカルビと豚カツで、辛い食べ物が苦手[22]。好きな色は黒、好きな映画は『スクール・オブ・ロック』[4]。
- 子供の頃から動物が大好き[11]。
- 明るく前向きな性格、何かにはまると没頭するマニアな部分がある[23]。癖は手でリズムをとること。
- 座右の銘は「楽しもう」[4]。
- 仲の良い芸能人は東方神起のユンホとスーパージュニアのチェ・シウォン[4]。16歳の頃に通っていた演技学院の同期であるBlock Bのピオとも親交がある[24]。
- 好きな日本の芸能人は木村拓哉[25]、X JAPAN[1]、L'Arc〜en〜Ciel[26][27]。
- デビュー当時 ダンスを習うのに最も苦労し[28]、デビュー曲『MAMA』の振り付けを初めて練習したときは同じEXO-Kメンバーのカイとセフンに徹夜で動きを教わった[1]。
- 背番号が61である理由は、小学生のときのニックネームがパク・チャンホ(韓国人初のメジャーリーガーで背番号61[29])だったため[30]。
- ビーグルラインの1人で[注釈 2][8]、ベクヒョンとともに芸能人ボーリング団「TEAM ONE」に所属している[32]。
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経歴
要約
視点
→EXOとしての来歴については「EXO § 来歴」を参照

小学生の頃から音楽に興味があり、アメリカのコメディ映画『スクール・オブ・ロック』を観てドラムを始めた[28]。中学1、2年の頃に独学でギターを学んだ[26]。中学3年生の頃、2007年開催の『仁川ペンタポート・ロック・フェスティバル』でミューズとL'Arc〜en〜Cielのステージを観たことがきっかけとなり、バンド活動を開始した[26][27]。仲間同士で組んだ「ヘビーノイズ」という名前のバンドに所属し、グリーン・デイやニルヴァーナ、X JAPANを好んだ[1]。高校時代は「サイレン」という名前のバンドで活動した[1]。2008年に学生服ブランドsmart主催の第7回スマートモデル選抜大会で銀賞を受賞した[注釈 3][34][35]。同授賞はアイドルという夢を密かに抱いていたチャンヨルにとって芸能界入りに挑戦するきっかけとなり[36]、一時期歌手を夢みていた父が心強い味方となった[28]。16歳のときに演技学院に通いながら準備をした[24]。2008年の高校1年生時に路上でスカウトされ、同年受けたSMのオーディションに一度で合格した[19][8]。活動していたバンドは解散した[28]。高校1年生のときに練習生生活を開始[1]、SM入社後、初対面のベクヒョンと20秒で親しくなった[37]。現役高校生時に所属事務所の先輩少女時代の日本デビューシングル『GENIE』のMVに出演[28]、同MVの予告映像が2010年8月20日に公開された[注釈 4][40]。4年間の練習生生活を経験[8]、練習生当時からラップをすることが大好きだった[26]。
EXOメンバーとしてのデビュー予告映像と名前の初披露は2012年2月23日公開の『EXO Teaser 20_CHAN YEOL』だった[注釈 5][41]。12人中最後の公開だったため、親や友達、本人はチャンヨルの初公開を待ち遠しく感じていた[1]。2012年4月8日、EXO-Kのメンバーとして韓国で正式デビューした[2]。2015年の誕生日記念としてワールドカップ公園に「チャンヨルの森」が造設された[43]。2016年11月8日にアメーバブログを開設、「日本のファンのためにブログをつくった」という内容の記事を日本語で初投稿した[44]。
俳優としても活動しており、2015年に日本でも公開した映画『チャンス商会〜初恋を探して〜』でスクリーンデビュー[45]。2016年には少女時代のソヒョンとともに中国映画『だから私はアンチファンと結婚した』に出演[46]。MBCドラマ『ミッシングナイン』で地上波ドラマ初出演し、2018年のドラマ『アルハンブラ宮殿の思い出』では天才プログラマーのチョン・セジュ役を演じた[47]。2021年3月24日、初主演映画『ザ・ボックス』が韓国で公開され、世界11か国で公開されることが決定した[48]。
2021年3月29日、兵役のため韓国陸軍へ入隊し[49]、国連加盟30周年記念の陸軍創作ミュージカル『メイサの歌』に出演した[50]。翌年、2022年9月28日除隊した。[51]
作品
→EXOとしての作品については「EXO § 作品」を参照
コラボレーション楽曲
自作曲
作詞参加楽曲
OST
DVD
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出演
→EXOとしての出演については「EXO § 出演」を参照
ドラマ
映画
バラエティ
MC
ラジオ
舞台
フィーチャリング参加
ミュージックビデオ
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雑誌
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イベント
その他
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受賞歴
→EXOとしての受賞歴については「EXO § 受賞歴」を参照
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脚注
関連項目
外部リンク
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