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フィーニクス (潜水艦)

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フィーニクス (HMS Phoenix) はイギリス海軍潜水艦パーシアン級

艦歴

建造はキャメル・レアード[1]。1928年2月7日発注[2]。1928年7月23日起工[1]。1929年10月3日進水[1]。1931年2月3日就役[1]

「フィーニクス」は第4潜水隊の1隻として中国艦隊に配備された[3] 。1935年9月後半、「フィーニクス」と潜水艦「パンドーラ」、「オーサイアリス」、「オズワルド」および潜水母艦「メドウェイ」は地中海への移動を命じられた[4]。地中海では演習に参加し[4]、8か月後には香港への帰還が命じられた[4]。1940年4月、潜水隊および「メドウェイ」は海軍の作戦支援のため地中海へ移るよう命じられ[5]、「フィーニクス」など12隻の潜水艦で第1潜水隊が編成された[6]

「フィーニクス」はアレクサンドリアに配備され、1940年6月14日から7月までエーゲ海ドデカネス諸島周辺の哨戒を行った[5]

1940年7月、イギリスの地中海艦隊は船団護衛作戦を実行。7月7日の夜中までにアレクサンドリアより艦隊は出撃した[7]。「フィーニクス」はそれより前の7月3日にアレクサンドリアより出撃しており[8]、7月8日[9]に戦艦2隻を含むイタリア艦隊を発見、報告し、また限界の距離で攻撃を行ったが失敗した[10]。この後、イギリスとイタリア艦隊の間でカラブリア沖海戦が発生した。

7月14日を最後に、「フィーニクス」からの連絡は途絶えた[11]。7月16日12時52分、タンカー「Dora C.」を護衛していたイタリア水雷艇「アルバトロス」はアウグスタのSan Croce灯台沖で2つの雷跡を発見した[12]。この魚雷は命中せず、「アルバトロス」は24ノットの全速で魚雷の発射地点へ向かうと爆雷10発を投下[13]。その後気泡が確認された[14]。この「アルバトロス」の攻撃で「フィーニクス」は撃沈されたものと思われるが[15]、「フィーニクス」は7月14日に帰還命令を受け取っているため、「アルバトロス」はイルカを魚雷と誤認し、「フィーニクス」はアウグスタ沖の機雷原で触雷して失われたのかもしれない[14]。ただし、同時期、アウグスタ周辺で機雷の爆発があったという報告もない[16]

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