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中臣東人
奈良時代の廷臣。中臣意美麻呂の子。官位は従四位下・刑部卿。万葉三期歌人。勅撰集『古今和歌集』に1首入集 ウィキペディアから
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中臣 東人(なかとみ の あずまひと)は、奈良時代の貴族。中納言・中臣意美麻呂の子。官位は従四位下・刑部卿。
経歴
和銅4年(711年)正七位上から五階の昇叙を受け従五位下に叙爵。元正朝において、養老2年(718年)式部少輔、養老4年(720年)従五位上・右中弁に叙任。この間の養老5年(721年)伊勢神宮幣帛使発遣に際して、中臣として奉仕している[1]。
神亀元年(724年)聖武天皇の即位に伴い、正五位下に叙せられる。聖武朝では兵部大輔などを務める一方、神亀3年(726年)正五位上、天平5年(733年)従四位下と累進した。
『万葉集』第4巻に阿倍女郎との相聞歌1首を残している。
官歴
『続日本紀』による。
系譜
「中臣氏系図」(『群書類従』巻第62所収)による。
脚注
参考文献
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