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中野善敦

日本の弁護士、政治家 (1896-1972) ウィキペディアから

中野善敦
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中野 善敦(なかの よしあつ、1896年明治29年)9月[1] - 1972年昭和47年)12月21日[2])は、日本の内務官僚弁護士。官選県知事

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中野善敦

経歴

東京府出身。中野政方の三男として生まれる[1]第一高等学校を卒業。1920年東京帝国大学法学部法律学科(仏法)を卒業。内務省に入省し内務属となる。1921年11月、高等試験行政科試験に合格した[1][3]

以後、奈良県書記官・学務部長[4]栃木県書記官・警察部長、社会局書記官・労働部労務課長、神奈川県総務部長などを歴任[1]

1939年4月、高知県知事に就任[5]。同年12月、文部省普通学務局長に転任[6]1942年5月、岐阜県知事となる。満州報国農場の設置、中小商工業再編、授産事業などを推進した。1943年7月に知事を退任した[1]。同年に退官し、戦後、公職追放となった[3]。その後、弁護士となる[2]。従四位・勲四等[7]

脚注

参考文献

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