トップQs
タイムライン
チャット
視点
北海市
中国広西チワン族自治区の地級市 ウィキペディアから
Remove ads
北海市(ほっかいし)は中華人民共和国広西チワン族自治区の地級市。清代に発生した新興港湾都市。市名は北部湾の北にあることに由来する。
Remove ads
地理
要約
視点
広西チワン族自治区南端、トンキン湾(中国では北部湾という)に面する。
Remove ads
歴史
清の康熙初年に初めて北海の名が見え、嘉慶年間に市街が形成され始めた。1876年のイギリスとの芝罘条約(煙台条約)により開港場となった。今も当時の領事館や商社、教会などの西洋建築が残り
1949年12月4日人民解放軍が入城したが、当時は合浦県所属の鎮にすぎなかった。1951年1月広東省の省市轄となったが、同年5月広西省の指導に委託され、1952年3月正式に広西省に帰属した。1955年5月には再び広東省に改められ、1956年には県級市に降格された。1958年にはさらに合浦県北海人民公社となったが、1959年鎮となり、1964年には県級市を回復、1965年6月再び広西に帰属した。
1982年観光対外開放都市となり、1983年10月地級市の地位を回復した。1984年4月にはさらに対外開放された沿海都市となり、1987年には合浦県を併合している。
行政区画
要約
視点
3市轄区・1県を管轄下に置く。
年表
広東省北海市(第1次)
広東省欽廉専区(1950年-1951年)
広西省欽廉専区
広東省北海市(第2次)
広東省欽廉専区(1955年-1956年)
合浦専区
- 1956年1月4日 - 北海市、欽廉専区合浦県・浦北県・欽県・防城県・霊山県を編入。合浦専区が成立。北海市が県級市に降格。(1市5県)
- 1957年3月26日 (1市5県2自治県)
- 防城県の一部が分立し、十万山トン族ヤオ族自治県が発足。
- 欽県・防城県の各一部が合併し、欽北チワン族自治県が発足。
- 1958年2月22日 - 十万山トン族ヤオ族自治県が東興各族自治県に改称。(1市5県2自治県)
- 1959年3月22日 (3県1自治県)
- 北海市・浦北県が合浦県に編入。
- 欽北チワン族自治県が欽県に編入。
- 防城県が東興各族自治県に編入。
- 1959年3月31日 - 合浦県・欽県・霊山県・東興各族自治県が湛江専区に編入。
広西チワン族自治区北海市
経済
近年、外資導入を図って、工業立市を目指し、2003年の生産総額は前年比12%増の150億人民元を記録した。
開発区
- 北海輸出加工区(国家級)
- 入居企業:16社
- 北海工業園区(省級)
- 入居企業数:100社以上
交通
観光
健康・医療・衛生
- 北海市人民医院
- 北海市結核病防治院
友好都市
脚注
外部リンク
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads