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張文生
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張 文生(ちょう ぶんせい)は清末民初の軍人。張勲率いる定武軍の指揮官の1人。後に安徽派に属した。字は星五。
事跡
清末には、長江江防営統領、徐州鎮総兵などを歴任した。1912年(民国元年)、定武軍において統領に任命され、徐州鎮守使、蘇皖豫魯四省剿匪督弁などをつとめた。
1917年(民国6年)、張勲の復辟に従った。復辟失敗後、張文生は安徽派の倪嗣沖に接近し、定武軍総統領官に任命された。1920年(民国9年)、安徽督軍に任命された。1922年(民国11年)、直隷派の馬聯甲に駆逐され、下野した。
1937年(民国26年)、死去。享年71。
参考文献
- 来新夏ほか『北洋軍閥史 下冊』南開大学出版社、2000年。ISBN 7-310-01517-7。
- 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。
- 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。
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