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松平直巳
日本の江戸時代後期~大正時代の大名・知藩事 ウィキペディアから
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松平 直巳(まつだいら なおおき)は、幕末期の大名。出雲国広瀬藩第10代(最後)の藩主、のち藩知事。直政系越前松平家広瀬藩分家10代。
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略歴
8代藩主・松平直寛の十一男として誕生した。母は側室の安達氏。
文久元年(1861年)、兄・直諒の死去によりその養子として家督を継いだ。しかし兄のように有能ではなく、幕末期の政局に耐えられる人物ではなかったため、藩は混乱したという。しかし家老の岩崎広勤の手腕により、医学所や洋学所を設置して人材育成に努めた。明治2年(1869年)の版籍奉還で広瀬藩知事となる。明治4年(1871年)の廃藩置県で東京に移住した。明治9年(1876年)、養子の直平(松江藩主松平定安の四男)に家督を譲る。
系譜
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