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林正高
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略歴
旧満洲(現在の中国東北部)大連市出身。長野県岡谷市育ち。兄は農学者の林尚孝。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1962年信州大学医学部卒業。1987年甲府市立甲府病院神経内科部長。医師として臨床に携わる傍ら、日本住血吸虫症が流行するフィリピンを45回、中華人民共和国を6回訪れ、現地医療に尽力。個人でボランティア団体「地方病に挑む会」を1987年12月に創設し、発起人の1人である大岡昇平とともに「700円募金」(1口700円の意味であり、1人当たりの薬代が日本円に換算して約700円)を募り、15年間で約8919万円の募金を集めて現地の患者に治療薬プラジカンテルを届けるNGO活動を行った[1]。募金のお金は全額薬に宛て、必要経費や自身の渡航費・事務費・交信費・会議費などは一切募金から使わず、自腹で活動した。フィリピン国内の日本住血吸虫症有病地における罹患率は、1981年の10.4%から1995年には約5%と半減させることに成功した。
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著書
- 『寄生虫との百年戦争 日本住血吸虫症・撲滅への道』 毎日新聞出版 2000年
- 『日本住血吸虫症 - 特に脳症型・肝脾腫型を中心に』 三恵社 2015年
受賞歴
脚注
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