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気候変動による水循環の増強
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気候変動による水循環の増強(きこうへんどうによるみずじゅんかんのぞうきょう)は深刻で少なくとも1980年から観測されている[2]:1079。水循環は地球規模の気候システムや海洋循環において不可欠な役割を果たしている。気候変動は淡水資源の管理と利用可能性への重大な悪影響要因であり、海洋・氷床・大気・土壌水分といった他の水の貯蔵にも影響する。大気中の温室効果ガスの増加は、地表(陸・海・氷)と下層大気(対流圏)の温度を上げ[3]、地表からの水蒸発を促進し大気中の飽和水蒸気圧を増大させる。その結果上空に存在可能な水分量の上限を引き上げ豪雨を引き起こす[4]。


正反対に、温暖化は乾燥気象も深刻化させる。大気循環パターンも変化させ、こうした異常気象が起こる地域や頻度も変化する。世界の大部分において水循環の変動性とそれに伴う極端な異常気象は、すべての気候変動シナリオにおいて急速に増加すると予想されている[5]:85。
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水循環増強メカニズム
水循環とはある場所での水分の蒸発が他の場所での降水(雨または雪)につながる仕組みである。例えば海上では蒸発量が降水量を常に上回るため、大気によって海から陸へ水分が運ばれ、そこでの降水量が蒸発散量を上回るようになる。陸上からの流出水は河川を経て海へ流れ込み、地球規模の水循環が完結する。水循環は地球のエネルギー循環における重要な要素でもあり、地表での蒸発冷却によって大気に潜熱を供給することで、熱を上空へ運ぶ主な役割を担っている[6]。
水がどれだけ利用できるかは、余分な熱がどこへ行くかを左右する。水が豊富(例えば海や熱帯地方)なら余分な熱は主に蒸発に使われ、そうでない(例えば陸上の乾燥地域)なら空気の温度上昇に使われる。したがって気温上昇は北極圏(極域増幅)および陸上で顕著になり、海や熱帯地方ではそうならない[7]。
また大気の水分保持能力は温度上昇とともに増加する。何故なら熱力学の基本法則(クラウジウス・クラペイロンの式)により、大気中の飽和水蒸気圧は気温が1℃上昇すると7%増加する[8]からである。この関係は、衛星[9]、ラジオゾンデ、地上観測所による対流圏水蒸気の実測により確認されている。IPCC第5次評価報告書(AR5、2014年)は過去40年間で対流圏の水蒸気量が3.5%増加したと結論付けており、これは観測された0.5℃の温暖化と合致している[10]。したがって温室効果ガスの増加による温暖化そのものが大気を介した水循環増強の根本的な原因となる[3]。
地球温暖化は、気候システム内のエネルギー循環を活発化させ地球規模の水循環を増強する[11][12]。これには何よりもまず大気中の飽和水蒸気圧の上昇が含まれ、これが降水パターンの頻度および強度、ならびに地下水および土壌水分の変化をもたらしている。これらの変化をまとめて「水循環の激化および加速」と呼ぶことが多く[12]:xvii、その結果干ばつ・洪水・熱帯低気圧・氷河後退・積雪・氷詰まり・異常気象などが起こる。
人間活動が水循環に与える影響は、海面塩分濃度と海上の「降水量マイナス蒸発量(P–E)」パターン(すなわち水収支バランス)を分析することで観測可能で、いずれも増加している[5]:85。1950~2000年の海面塩分濃度に基づく2012年の研究は、塩分濃度の高い地域はより塩辛く、淡水の多い地域はより淡水化するという、増強された地球水循環の予測を裏付けた[13]。
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観察と予測
要約
視点

20世紀半ば以降、人為的な気候変動により地球規模の水循環には観測可能な変化が生じてきた。IPCC第6次評価報告書(2021年)は”高い確度”で、熱帯および温帯低気圧に関連する豪雨や大気中の水分輸送が激化するとし[15]、これらの変化が世界的にも地域的にも今後さらに顕著になると予測している。同報告書によると[5]:85:
- 1950年以降、陸上での降水量は増加しており、1980年代以降および高緯度地域でその増加率は加速している。
- 大気中の水蒸気(特に対流圏中)は少なくとも1980年代以降増加している。
- 21世紀を通じて、地球表面気温上昇により陸上の年間降水量は増加すると予測される。
2024年世界気象機関(WMO)は、気候変動が2023年に水循環を深刻に不安定化させ、降水と干ばつの両方が激化したと総括した。世界の河川は少なくとも過去30年で最も乾燥した年であり、多くの主要流域(ミシシッピ川、アマゾン川、ガンジス川、ブラマプトラ川、メコン川など)が干上がり、3年連続で世界の50%以上の河川流域で通常以下の流量となった。アメリカとヨーロッパは農業に重大な影響を及ぼす深刻な干ばつに見舞われた。その一方でアフリカは洪水に見舞われた。リビアの洪水では人口の約4分の1が被害にあい、アフリカの角では洪水により1600人以上が死亡した。しかし2024年ナミビアでは過去数十年で最悪の干ばつに見舞われ、飢えに直面している人々の食糧とするためカバ・バッファロー・インパラ・ゾウ・オグロヌー・エランド・シマウマなど野生動物700頭以上が犠牲になった[16]。
洪水と極端気象によりインフラや建築物に深刻な被害が発生した。中国では400億ドル以上の損失が出た。氷河は600ギガトン以上の水を失い過去50年で最大の氷損失となり、すべての氷河地域で2年連続で氷が失われた[17][18]。
日本でも、年間総降水量は減少傾向であっても集中豪雨など極端な降雨が頻繁に発生する傾向にあり、年によっては洪水や、逆に農業などに大損害をもたらすほどの水不足が引き起こされている[19]。 気象庁によると2024年正月の大震災被害からの復興にまだほど遠い能登半島を2024年9月に記録的豪雨が襲ったのは、地球温暖化の影響であるとしている[20][21]。これは シミュレーションによると、日本海南部の海水温は当時平年より4.5°Cも高い海洋熱波状態であったところへ黄海上にあった台風14号から大量の水蒸気が供給された結果である[22]。
一方冬季も以前より北上した暖流により供給される水蒸気が、偏西風の蛇行により以前より南下した北極寒気とぶつかることにより豪雪となる[23][24][25]。 たとえ温暖化で冬季降雪量が全体としては減少傾向であっても「集中豪雪」が頻発する[26]。2025年2月3日帯広市の積雪量はほぼゼロであったのが、その日夜半から極端な大雪が降り翌朝9時の積雪量は129センチメートルにも達した[27]。
地域の気象パターンの変化

地球全体の地域的な気象パターンも、熱帯の海洋温暖化によって変化している。インド・太平洋暖水塊は近年急速に温暖化および拡大しており、その主な原因は化石燃料の燃焼による二酸化炭素排出の増加である[29]。この暖水塊は1900〜1980年の間2200万平方キロメートルであったが、1981〜2018年は4000万平方キロメートルへとほぼ倍に拡大した[30]。この拡大は、熱帯地方における最も支配的な気象変動モードであるマッデン・ジュリアン振動(MJO)のライフサイクルを変化させ、世界の降水パターンを変動させた。
急激な変化が起こる潜在性
→「気候転換点」も参照
水循環には、突発的な(急激な)変化を引き起こしうる特性がいくつか存在する。急激な変化とは過去にはなかったほどの急速に生じる変化を指し、すなわち気候応答が線形でないことを意味する[5]:1148。海・大気・陸の間での非線形な相互作用により、湿潤状態と乾燥状態の間の急激な転換が起こりうる。
例えば大西洋子午面循環(AMOC)が崩壊すると、水循環には地域的に大きな影響が及びうる[5]:1149。水循環の急変はまた陸上の変化によっても起こり得る。たとえばアマゾンの森林伐採と乾燥、サヘル地域の緑化、砂塵による干ばつの増幅は、いずれも寄与する可能性がある。地球温暖化の緩和を目的としての太陽放射修正の開始または終了の際も、水循環に急激な変化を引き起こす可能性がある[5]:1151。
このような水循環の急激な変化が起こる可能性についての科学的理解は、現時点では明確ではない[5]:1151。こうした変化が21世紀中に起こる可能性は、現在のところ低いとされているものの[5]:72、人為的活動による水循環の突然の変化が起こる可能性は、現時点の科学的知見において否定できない。
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測定とシミュレーションの技術
要約
視点
降水の断続性
気候モデルは水循環をうまくシミュレーションできていない[31]。その一因は降水が本質的に断続的であるためである[7]:50。人々は「降水量」という言葉を「降水の総量」と同義としがちで、多くの場合で平均降水量のみで雨を考える。[32]。しかし地球の降水パターンの変化を説明する際に重要なのは総量だけではなく、強度(どれだけ激しいか)・頻度(どれだけ頻繁か)・持続時間(どれだけ続くか)・種類(雨か雪か)などの詳細である[7]:50 。降水の極端現象を説明するのに重要なのは強度と頻度であり、気候モデルではそれらを扱うのは難しい[31]。
対流許容モデルによる気象異常の予測
従来の気候モデルにおける対流の表現は、これまでアフリカの極端気象を正確にシミュレーションする能力を制限しており、気候変動の予測の妨げとなっている[33]。対流許容モデル(CPMs)は、熱帯の対流の日周期・雲の鉛直構造・および湿潤対流と収束や土壌水分とのフィードバックの結合(サヘル地域)をよりよくシミュレーションできる。アフリカ全域を対象とした(格子間隔4.5キロメートルの)対流許容モデルでは、西アフリカおよび中央アフリカの雨季における乾燥期間の長さが将来的に増加すると示されている。対流のより正確な表現に基づき、アフリカにおける降水と乾燥の両極端の変化すなわち異常気象の両極端がより深刻になりうると結論づけられている[34][35]。
対流許容モデルの利点は他の地域でも実証されており、降水構造や極端現象のより現実的な表現が可能になっている[36][37][38]。
海洋塩分濃度の変化
→「気候変動による海洋への影響」も参照


熱塩循環は、深海から冷たく栄養豊富な水を海面へと運ぶプロセス(湧昇)を担っている[40]。温暖化下で氷床や氷河の融解により海洋に流入する淡水量が増えると熱塩循環のパターンが変化し、海洋の塩分濃度も変化しうる。
海水中の塩分濃度を英語ではsalinityというがここでは海水塩濃度と呼ぶ。塩分は蒸発しないため、淡水の降水と蒸発が海水中に残留する塩濃度に強く影響を与える。ゆえに水循環の変化は海面塩分測定に強く現れることが1930年代から知られている[41][42]。
表層塩分濃度を使用する利点は、たとえばARGOのような現地観測システムにより[43]、過去50年間にわたってよく記録されている点である。もう一つの利点は、海洋塩分が非常に長期的に安定しているため、人為的な影響による小さな変化を追跡しやすいことである。海洋塩分濃度は地球上に一様に分布しておらず、地域ごとの違いが明確なパターンとして表れている。熱帯地域は比較的淡水が多く降水によって支配されている。亜熱帯地域は蒸発が支配的であるため塩分濃度が高くこれらの地域は「砂漠緯度」とも呼ばれている[43] (この緯度の陸地にはサハラ砂漠・ナミブ砂漠・オーストラリアの砂漠が広がっている)。両極域に近い緯度では再び塩分濃度が低くなり、地球上最も低い値が観測される。これはこの地域での蒸発が少なく[44]海への淡水流入(氷の融解)が多いことによる[45]。
長期的な観測記録は明確な傾向を示しており、塩分濃度の高い地域はさらに高くなり低い地域はさらに低くなっている[46][47] 。すなわち塩分濃度の高い地域は蒸発が支配しており、塩分の増加は蒸発がさらに増加していることを示している。同様に塩分濃度の低い地域では降水がさらに増加していることを示している[43][48]。この空間的なパターンは、蒸発量から降水量を差し引いたパターンと類似しており、塩分量パターンの増幅は、水循環が増強されていることの間接的な証拠である。
海洋の上部2000メートルの表層における高塩分・低塩分地域の差異を示す指標が「SC2000メトリック」である。この指標の観測値は加速しており、1960年から1990年までには1.9±0.6%、1991年から2017年には3.3±0.4%増加している[49]。一方でこのパターンの増幅は海面下では弱い。これは海洋温暖化により表層の成層が強まり、その下の層は依然として冷涼な気候との平衡状態にあるためと解釈される。従って表層での増幅は従来のモデルが予測したよりも強くなっている[50]。
衛星観測は、1994年から2006年の間に世界の海洋への淡水流入量が18%増加したことを示しており、これは主にグリーンランドをはじめとする氷床の融解[51]および全地球の海洋蒸発の増加によって駆動される降水の増加[52]によるものである。2011年6月に打ち上げられたSAC-D衛星「アクエリアス」は、全地球の海面塩濃度を測定した[53][54]。
海洋塩分と水循環との関係をさらに調査するために、モデルが現在の研究において大きな役割を果たしている。全球気候モデル(GCM)や、最近では大気-海洋結合大循環モデル(AOGCM)が、全地球的な循環と水循環の増強などの変化の影響をシミュレーションしている[43]。これらモデルに基づいた複数の研究は、表層塩分濃度の変化と、蒸発量から降水量を差し引いた量の変化との関係を支持している[43][55]。
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水の安全保障への影響
要約
視点
気候変動に起因する水関連の影響は集中豪雨・洪水の頻度・強度・規模を増大し、水の安全保障に日常的な影響となる。反対に干ばつは淡水・地下水の貯留量を減少させ、地下水涵養を減らす[56]。異常気象による水質の低下も発生しうる[57]: 558 。氷河の融解がより急速になることもある[58]。
気候変動は水の安全保障を確保することをより複雑かつ高コストにし[59]、また水循環の変化は将来の変動性に関する不確実性を大きくし、将来の水インフラへの投資の適正な計画を困難にする[60]。このことが社会を水循環に関連するリスクに対し脆弱にし、水の安全保障を低下させる[61]:vII。
洪水
一般的には気候変動の下では豪雨の増加により、洪水は発生した場合より深刻になる可能性が高い[62]:1155。しかし降雨と洪水の相互作用はそう単純ではなく一部の地域では洪水が逆に稀になるとも予測されており、これは降雨・雪解けの変化や土壌の水分量など複数の要因に依る[62]:1156。例えば気候変動により土壌が乾燥する一部の地域では雨水がより早く吸収され洪水のリスクが減る。しかしながらその一方で、乾燥した土壌が硬くなると雨水が吸収されず地表を流れて、洪水リスクが逆に高まる場合もありうる[62]:1155。
地下水
気候変動の地下水への影響は、主に蒸発散量の増加を通じて灌漑用水需要に間接的に影響することが最大のものとなる可能性がある[63]:5。世界の多くの地域で地下水の貯留量が減少しているのは、乾燥地帯において地下水の灌漑需要が増加しているからである[64]:1091。この増加の一部は、水循環に対する気候変動の影響によって悪化した水不足に起因した可能性がある。人間活動による水の直接的な再配分は年間約24,000立方キロメートルに達しており、これは世界の年間地下水涵養量のおよそ2倍である[64]。
気候変動は水循環に変化をもたらし、貯留量の減少・涵養量の減少・極端な気象による水質の劣化など地下水に多様な影響を与える[65]:558。熱帯地域では強い降雨や洪水によって、一見では地下水の涵養が増加するように見える[65]:582。しかし気候変動が地下水に与える正確な影響は単純ではなく、空間的・時間的な変化、地下水の採取量、涵養プロセスの数値表現などのデータが不足しているため、依然として全容を掴むには至っていない[65]:579。地球温暖化の下でより激しい(が回数が少ない)大雨が予測されており、多くの環境で地下水涵養の増加をもたらす可能性があっても[63]:104、より深刻な干ばつが土壌を乾燥・圧縮させ、地下水への浸透を減少させる可能性もある[66]。
水不足・干ばつ・砂漠化
国連食糧農業機関(FAO)は、2025年までに19億人が絶対的な水不足の国や地域に生活することになり、世界人口の3分の2が水ストレス状態に置かれうると述べている[67]。世界銀行は、気候変動が将来の水の利用可能性および利用パターンを根本的に変える可能性があり、それにより水ストレスおよび水の安全保障の問題が地球規模で悪化するとしている[68]。
温暖化は世界の多くの地域で干ばつの深刻さと頻度を高めている[69][70]:1057[71]。干ばつは中米・アマゾン・西部および南部南アメリカ・西部および南部アフリカ・地中海地域・南西オーストラリアなど世界の多くの地域で悪化すると予測されている[70]:1157。降雨量が比較的安定している地域でも気温の上昇は蒸発を増加させ、土壌を乾燥させ、農業が被害を受け[70]:1157、これには中部および北部ヨーロッパが含まれる。気候変動が緩和されない場合、2100年までに世界の陸地の約3分の1が中程度以上の干ばつを経験すると予測されている[70]:1157 。アグロフォレストリーなどによる土地の回復は干ばつの影響を軽減するのに役立つ[72]。
乾燥地帯は陸地の41%・農地の45%を占めており[73]、気候変動と土地利用の変化に対し脆弱であり砂漠化の脅威にさらされている。砂漠化に関する研究は複雑でありすべての側面を定義できる単一の指標は存在しないが、2020年に地球温暖化・気候の自然変動・二酸化炭素肥沃化効果・土地利用による緩慢および急激な生態系の変化を考慮した、観測ベースの砂漠化の原因帰属研究が行われた[73]。この研究によれば、1982年から2015年の間に、世界の乾燥地の6%が人為的気候変動と持続不可能な土地利用により砂漠化した。地球規模での平均的な緑化傾向にもかかわらず、人為的な気候変動は乾燥地帯の12.6%(543万平方キロメートル)を劣化させ砂漠化を促進し、2億1300万人に影響しその93%は開発途上国の人々であった[73]。地球の乾燥地帯の面積は20世紀末には38%であったが、中程度温暖化シナリオRCP4.5および高温暖化シナリオRCP8.5の場合、21世紀末までにそれぞれ50%および56%に増加し、乾燥地帯は主に北米南西部・アフリカ北縁部・南部アフリカ・オーストラリアなどで拡大すると予測されている[74]
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関連項目
引用
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