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浅内村
日本の秋田県山本郡にあった村 ウィキペディアから
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浅内村(あさないむら)は秋田県山本郡にあった村。現在の能代市南西部の日本海に面した区域にあたる。
地理
歴史
- 1591年(天正19年)正月吉日、豊臣秀吉が秋田実季の知行地を安堵した朱印状の写しに「川とが村」と合わせて高370石余の「あさ内村」とあるのが初見である。(「秋田家文書」)
- 寛文4年まで檜山郡、それ以降は山本郡。江戸期の「正保国絵図」で本田当高184石、「享保黒印高帳」で村高584石余(本田91、本田並43、新田213石)、「寛政村附帳」で当高282石余、「秋田風土記」「天保郷帳」ともに347石余。家数は享保期に121軒、支郷は寒川が16、石丁6、福田13、成合4、出戸13、黒岡32軒であった。文化期は支郷を含めて150軒であった。福田は天和3年以前は桑振村と言った[1]。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、浅内村、河戸川村の区域をもって発足。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 能代市に編入。同日浅内村廃止。
交通
鉄道路線
村域を奥羽本線が通過したが、駅は所在しなかった。
道路
現在は旧村域に琴丘能代道路の能代南インターチェンジが所在するが、当時は未開通。
脚注
参考文献
関連項目
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