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獅子ケ城
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獅子ケ城(ししがじょう)、または鹿家城・獅子城は、佐賀県唐津市厳木町岩屋・浪瀬にあった日本の城(山城)。佐賀県指定史跡[1]。
概要
松浦党の源披が治承年間(1177年~1181年)に築城したと伝えられる[2]。
唐津市厳木町にある白山の山頂、標高228メートルに位置し、城の周囲は急な崖となっている。有明海と玄界灘の分水界に近く防衛の拠点となったが、息子の源持が平戸に移ったため廃された。
その後、天文年間(1532年~1555年)頃に松浦党の鶴田前が城主となり復興している。大友氏や龍造寺氏、後藤氏などの勢力の境界に位置し、天文13年(1544年)には龍造寺氏は攻撃したが失敗し、翌14年(1545年)には5日間占領したものの奪回されている。
永禄年間(1558年~1570年)には波多氏が数回にわたって来攻したが、撃退している。天正5年(1577年)に波多親が上松浦松浦党の首領となると、城主の鶴田賢はこれに服属した。やがて波多氏が追放されると文禄2年(1593年)に後藤氏の家臣となり、城は廃された。その後は寺沢広高が改修して石垣のある城となったが、元和元年(1615年)頃、再び廃城となったという。1991年(平成3年)3月30日に佐賀県の史跡に指定された[1]。
- 主郭跡の石碑
- 井戸曲輪の石垣と北方の三方山
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脚注
参考文献
関連項目
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