トップQs
タイムライン
チャット
視点
田代三千稔
日本の翻訳家 ウィキペディアから
Remove ads
田代 三千稔(たしろ みちとし、1898年(明治31年)7月10日 - 1984年(昭和59年)2月4日)は、日本の英文学者、翻訳家、ラフカディオ・ハーン研究家。
略歴
旧制福岡県立東筑中学校、旧制第五高等学校を経て、1924年に東京帝国大学文学部英文学科を卒業[2]。五高の同窓に劇作家の木下順二、帝大時代の同期生には作家の北村喜八がいた[2]。
1946年3月日本大学教授となり、同年10月には鎌倉アカデミアという特殊の教育機関の教授も兼ねた[2]。
横浜市立大学が横浜医科大学と統合した1952年4月には、かねてから親交のあった三枝博音学長から招かれて、教授に就任し、図書館長などの役職に就いた[3]。
1964年3月横浜市立大学を定年退職し[4]、その4月には開学2年目の鶴見女子大学(現・鶴見大学)の教授として赴任。以来12年間、英米文学科の文学関係の諸科目を担当。第2代英米文学科長を務め、1976年3月をもって大学を退職した[1]。
Remove ads
親族
著書
翻訳
- ラフカディオ・ハーン『日本の面影』愛宕書房、1943年。角川文庫、1958年、新装復刊 1989年。
- ロジャー・バーリンゲイム『アメリカ技術文化史』文松堂、1944年。
- リチャード・メーソン、佐々木峻共訳『風は知らない』英宝社、1949年。
- トマス・ハーディ『妻のために』英宝社、1950年。
- アーヴィング『スケッチ・ブック』日本評論社、1950年。
- ジヨン・ドス・パソス『世界戦線を往く』早川書房、1951年。
- 『ハーディ傑作選 第1 妻ゆえに』英宝社、1951年。
- 『ハーディ傑作選 第2 幻を追う女 / アリシアの日記』英宝社、1951年。
- 『アリシアの日記』『幻を追う女』角川文庫、1959 - 1960年。
- 対訳ラム姉弟(チャールズ・ラム、メアリー・ラム) 萩原文彦共訳注『シェイクスピア物語』南雲堂フイニックス・ライブラリー、1952年。
- 『奇談・怪談 対訳ハーン1』南雲堂フイニツクス・ライブラリー、1952年。のち新版。
- 『日本印象記 対訳ハーン2』南雲堂フイニックス・ライブラリー、1952年。のち新版。
- 『文学論 対訳ハーン3』南雲堂フイニツクス・ライブラリー、1958年。のち新版。
- 『スリーピー・ホロウの伝説 対訳アーヴィング』南雲堂フイニツクス・ライブラリー 1954年。
- ラフカディオ・ハーン『怪談・奇談』角川文庫、1956年。改版 1988年ほか。
- ラフカディオ・ハーン『続 怪談・奇談』角川文庫、1979年。
Remove ads
脚注
参考文献
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads