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規模の不経済
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規模の不経済(きぼのふけいざい、英: Diseconomies of scale)とは、組織規模や産出量の増加により経済主体が被る費用上の不利を指し、その結果、財やサービスの平均費用(単位当たり費用)が上昇することである。規模の不経済の概念は規模の経済の反対概念であり、規模の経済が企業にとって機能不全に陥ったときに生じる[1]。ビジネスでは、規模の不経済[2]とは、事業が一定規模を超えて成長したときに平均費用を上昇させる要因を指す。

原因
要約
視点
コミュニケーション費用
理想的には、企業の全従業員が互いに一対一でコミュニケーションでき、他の従業員が何をしているかを正確に把握できるのが望ましい。従業員が1人の企業では従業員間のコミュニケーションは不要である。従業員が2人の企業では、その2人の間に1本のコミュニケーション・チャネルが必要になる。従業員が3人の企業では、(AとB、BとC、AとCの)3本のチャネルが必要になる。以下は一対一のコミュニケーション・チャネル数の表である。
すべての一対一チャネルのグラフは完全グラフになる。
一対一のコミュニケーション・チャネル数は従業員数よりも速く増加し、その結果、コミュニケーションに要する時間と費用が増大する。やがて全従業員間での一対一コミュニケーションは非現実的になり、特定の従業員グループ(例:部門内や地域内)のみが互いにコミュニケーションを取るようになる。これは増加する単位費用を抑制するが、止めるわけではなく、またコミュニケーション水準の低下に起因する非効率も生じる。
重複努力
1人だけの組織では従業員間の重複努力は起こりえない。従業員が2人なら、ある程度の重複は起こりうるが、一般に互いの作業を把握しているため軽微である。組織が数千人規模に成長すると、既に他の個人やチームが担っている機能を、誰か、あるいはチームが重ねて担うことは不可避になる。口語的には「右手が左手のしていることを知らない」と表現される。例えばゼネラルモーターズは社内で2つのCAD/CAMシステムを開発した。すなわち、GMデザイン部門が設計したCADANCEと、旧フィッシャー・ボディ部門が作成したFisher Graphicsである。これら類似システムは後に単一のCorporate Graphics System(CGS)へ統合する必要が生じ、多大な費用を要した。小規模企業なら、このような高価な並行開発を許容する資金も、これを招くコミュニケーション不足や協力不足も通常はない。CGSに加え、GMはCADAM、UNIGRAPHICS、CATIAなどの既製CAD/CAMも使用しており、システム間の設計変換コストを増大させた。この取り組みはやがて管理不能となり、状況を制御するためにエレクトロニック・データ・システムズ(EDS)を買収(のちに売却)するに至った。小規模企業は通常、単一の既製CAD/CAMを選択し、統合や変換を要さない[3]。
オフィス・ポリティクス
「オフィス政治」とは、経営者が会社の最善利益に反することを知りながら、自身の私益のためにとる行動である。例えば、管理者が明らかに無能な従業員を昇進させ、将来自分の地位を脅かさないようにする、といった行動である。この種の行動は複数の管理階層がある会社でのみ合理性を持つ。階層が多いほど、この行動の機会は増える。小さな会社では、このような行動は会社の破綻を招き、管理者自身の職を失わせかねないため、通常このような決定は行わない。大企業では、一人の管理者の行動が会社全体の健全性に与える影響は小さく、この種の「オフィス政治」が個々の管理者の利害に適う。
トップヘビー化
組織が大きくなるにつれ、広大な企業帝国を統制するコストがかさみ、経営陣が管理階層を次々に増やすことで官僚制が生じがちである。企業規模が拡大すると、管理者は当初は純便益をもたらし生産性を高める。しかし、地理的範囲や雇用者数がさらに増えるとプリンシパル・エージェント問題が発生し、生産性が低下する。これに対抗するため、経営陣は生産性維持のための標準や統制を導入し、それを適用する追加の管理者を雇う必要が生じる。その結果、現業労働者に対する管理職の比率が管理寄りに傾き、企業は「トップヘビー」になる。しかしこうした追加の管理者は付加的な産出を生んでいない。彼らは小規模企業では不要な標準の実装や監督に時間を費やすため、単位当たり費用は上昇する。
サプライチェーンの混乱
2020年のCOVID-19のような世界的緊急事態は、サプライチェーンを容易に混乱させうる。この混乱は、特に少数の大規模サプライヤーに依存している場合に、大規模組織により影響しやすい[4]。一方、強靭な地域ネットワークを持つ小規模組織は、局所的ショックの影響がエコシステム全体に占める比率が小さいため、ショックに対処しやすい。
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大企業の競争力を低下させるその他の効果
要約
視点
以下は必ずしも単位費用を増やすとは限らないが、大企業の競争力を低下させる。
共食い(カニバリゼーション)
→詳細は「カニバリゼーション (マーケティング)」を参照
小規模企業は他社とのみ競争するが、大企業では自社製品同士が競合することが多い。例えばビュイックは、他社から顧客を奪うのと同じくらい、GM内のオールズモビルなど別ブランドから顧客を奪っていた可能性がある。これは2004年にオールズモビルが廃止された理由の一つの説明となりうる。こうした自己競争は、他社と競うために用いるべき資源を浪費する。
意思決定者の決定結果からの隔離
一人でドーナツを作り販売する人がハラペーニョ風味を試せば、顧客の反応からその日のうちに意思決定が良かったか否かが分かるだろう。巨大企業でドーナツの意思決定を行う人物は、調査やマーケティング部門が迅速に応答しない場合、数か月は消費者に受け入れられたか否かを把握できないかもしれない。その頃には意思決定者は別部門や別会社に移っており、決定の結果に対して責任を負わない可能性がある。こうした結果責任の欠如は拙劣な意思決定を招き、平均費用曲線を右上がりにする要因となる。
反応の遅さ
逆の例として、小規模企業は顧客が他製品を求め始めたことを即座に把握し、翌日には対応できる。大企業は変更前に、調査、ライン設計、流通経路の選定、広告計画などを要し、その間に小規模競合がそのニッチを獲得してしまうかもしれない。
慣性(変化への不寛容)
ここでは「昔からそうやってきたのだから、変える必要はない」という姿勢(伝統への訴え)を意味する。古く成功してきた企業ほどこの姿勢になりやすい。「変化のための変化」は逆効果だが、必要なときに変化を拒めば同様に有害である。業界や市場の変化は、成功を維持するために企業の変化を必然的に要求するからである。例として、ポラロイドがデジタルイメージングへの移行を遅らせたことが挙げられ、同社は不利を被り、最終的に破産した。
世論・政府による反発
この反発は主として企業規模の関数である。小規模企業なら看過されたであろうマイクロソフトの行動は、同社の規模ゆえに反競争的行為・独占的脅威とみなされ、政府訴訟を招いた。
大きな市場シェア
市場シェア1%の小会社は、比較的容易に1年でシェア(ひいては収益)を倍増できる可能性がある。市場シェア50%の大会社がこれを行うのは難しい。
大規模な投資ポートフォリオ
小規模な投資ファンドは、少数の有望案件に集中投資しても、買い集め時や売却時に価格へ過度の影響を与えにくいため、高リターンを狙える。逆に大規模ファンドは多くの証券に分散せざるを得ず、結果として市場全体の動きに近い成果になりがちである。支配する市場規模が大きくなるほど、成果は市場平均に収斂する。
供給の非弾力性
固定的あるいは相対的に固定的な資源供給に強く依存する企業は、生産拡大が困難である。例えば、林業会社は自社所有地の持続可能な伐採量を超えて生産を増やすことはできない(ただし土地を追加取得すれば増やせる)。同様に、サービス企業は利用可能な労働に制約され(そのため大都市圏に集中しがちである)、STEM分野は典型例として挙げられる。
企業評判
大企業は評判を守る必要があり、その結果、従業員により多くの制約を課す傾向があり、効率を下げる可能性がある。これは特に規制産業で顕著であり、免許喪失は極めて重大な事態となる。
規模に関連するその他の効果
大企業は古く、成熟市場にいる傾向がある。いずれも将来成長にとって不利だ。古い企業は退職者が多く、関連する年金・医療費が高いほか、労働組合組織率が高く賃金や労働権が厚いことが多い。成熟市場は、小幅で漸進的な成長しか見込めない。(誰もが来年新発明を買うことはありうるが、すでに多くの人が保有しているため、来年皆が自動車を買う可能性は低い。)
中小企業への影響
規模の不経済は一般に大手成熟企業に結びつけられるが、中小製造業の成長期にも同様の問題が観察されている。マクリーンは、従業員数が約20人を超えるとこれが生じうると指摘する。すなわち、その時点で事業の複雑性が収益より速く成長し、生産性低下により変動費が上昇し、間接費も急増する[5][6]。
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対策
大企業における規模の不経済への対策として、会社をより小さな組織に分割する方法がある。これは、会社が財務的困難に陥り、収益性の高い部門を売却し残りを閉鎖することで結果的に起こる場合もあれば、経営陣が進んで実行する場合もある。
規模の不経済の負の効果を回避するには、企業は平均費用が最も低い産出水準を維持し、外部的な規模の不経済を早期に察知する必要がある。さらに、最小平均費用に到達したら、製品需要拡大のために海外へ展開するか、新市場を探索するか、元の製品と競合しない新製品を開発すべきである。ただし、これらの行動はいずれも、大組織に伴うコミュニケーションやマネジメントの問題を必ずしも解消しない。
業務プロセスの体系的分析と再設計により、複雑性を低減することは、規模の不経済に対抗しうる。(もちろん、この分析・刷新の段階自体が新規人員の採用や新たな競合システムへの投資を招き、しばしば不経済を伴う。) それでも生産性は向上しうる。より良い経営システムと効果的な労務・オペレーション統制は、間接費を下げうる。
例
大型ドーナツ企業の例に戻ると、各小売店舗は本社から相対的に自律的に運営できるようにする。
例えば、中央集権に頼らず、各店舗の現場マネジメントが次の事項を決めうる。
- 採用・解雇・昇進・賃金水準などの人事。現場は各従業員をよりよく理解しているため、例えば富裕地域では高賃金・高価格設定を選ぶ、といった判断が可能である。
- 購買。各店舗は自社(系列内外を問わず)で最良の品質と価格が得られる仕入先を選べる。
- 研究開発・マーケティング。各店舗は独自レシピや地域特有の看板フレーバーを開発できる。例えば、10月に地元農家から搾りたてのリンゴ果汁を安価に入手できるなら、シナモンドーナツとホットアップルサイダーのセットを訴求できる。
大きく中央集権化された企業は、資源を一元化できるため新製品の開発・市場投入能力は高いが、個別カスタマイズの柔軟性に欠ける可能性がある。各店舗に本部から独立した意思決定を許すことで、地域の需要により効率的に応えられる場合がある。
さらに、従業員が地域事業の持分を保有すれば、事業成功へのコミットメントは高まる。
これらの変更は、本社や共通支援部門の人員を大幅に削減する可能性が高い。そのため多くの企業は、効果が上がらなくなる時点まで、この種の再編を先送りしがちである。ただし、各ユニットの行為により、企業全体が評判・法的リスクを負う点には留意が必要である。
批判
規模の不経済が経験則として実証的に妥当かどうかは、近年、世界規模での多国籍企業の集中が進む中で批判されている。ケンブリッジの経済学者ピーター・ノーランは、ほぼすべての世界的生産部門で、規模の不経済で弱体化するどころか、1980年代以降に多国籍企業の合併・集中が進み、世界レベルで顕著な市場支配力の集中と寡占的競争が生じたと計算している[7]。この批判は、アルフレッド・マーシャルらがかつて示した懸念が次第に当てはまらなくなっていることを示唆する。すなわち、グローバルなサプライチェーンや通信技術の改善、輸送費の低下により、(R&D支出の集中や市場支配力といった)規模の利益が、規模の不経済を上回りうるためである。
関連項目
出典・注
Wikiwand - on
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