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進雄神社 (高崎市)
高崎市にある神社 ウィキペディアから
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進雄神社(すさのおじんじゃ)は、群馬県高崎市柴崎町の神社。旧社格は郷社。
歴史
清和天皇の御代、貞観11年(869年)に尾張国海部郡津島(現・愛知県津島市)の津島牛頭天王社(現・津島神社)から分霊を勧請したと伝わる[1][2][3][4]。
1057年(天喜5年)、前九年の役で出征する源頼義は、当社で戦勝を祈願し、その願いは無事達成されたという。このために戦国時代では、武田氏・上杉氏・後北条氏ら戦国大名が、当社で戦勝祈願したり社領の安堵をしている[1][3][4]。
江戸時代も、江戸幕府第3代将軍徳川家光より、30石の社領を得ている[5][3][4]。
明治初期、これまで神仏習合が色濃い牛頭天王を祭神としていたが、神仏分離政策により、速須佐之男命に変更、名称も「天王宮」から「進雄神社」に変更し、現在に至っている[1][2]。
1906年(明治39年)12月28日、神饌幣帛料供進社に指定[3]。
1907年(明治40年)10月境内末社7社などを合祀、1911年(明治44年)8月大字下大類の村社・熊野神社などを合祀、同年9月大字中大類の村社・降照神社と同社境内社を合祀[3]。
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祭神
- ほか24柱[2]
文化財
- 高井家文書(高崎市指定重要文化財 昭和46年2月18日指定)[6]
交通アクセス
- 倉賀野駅より徒歩33分。
脚注
参考文献
外部リンク
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