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高岡完治

日本の人事官僚 ウィキペディアから

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高岡 完治(たかおか かんじ、1940年昭和15年〉1月19日 - 2008年平成20年〉12月30日)は日本の元人事官僚日本学術会議事務局長、総理府次長国立公文書館長などを務めた。

来歴

滋賀県出身。立命館大学法学部卒業。立命大法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を受け[1]1962年 人事院事務総局入局。沖縄開発庁沖縄総合事務局総務部人事課長[2]総理府総務長官秘書官(事務担当)、総理府内閣総理大臣官房管理室参事官などを経て[3]1984年7月1日 総務庁青少年対策本部参事官。1986年7月 総務庁恩給局総務課長。1989年 総理府公害等調整委員会事務局次長1990年7月 総理府公害等調整委員会事務局長。1991年6月 総理府内閣総理大臣官房審議官1993年6月 日本学術会議事務局長。1995年1月10日 総理府次長1996年7月5日 退官。1998年7月 国立公文書館長(〜2001年[4]

2008年12月30日午前4時17分、脳挫傷のため東京都八王子市の自宅で死去[5]。68歳没。

脚注

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