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黒田熊之助
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黒田 熊之助(くろだ くまのすけ)は、安土桃山時代の人物。黒田孝高の次男。
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生涯
天正10年(1582年)、黒田孝高と正室光の次男として播磨国姫路にて生まれる。兄に黒田長政がいる。
慶長2年(1597年)7月、豊前中津城で留守中、兄、長政の朝鮮出兵(慶長の役)に加われなかったことを嘆き、中津城から抜け出し秘密裏に朝鮮へ渡る途中、船が嵐にあい転覆、16歳で死去した。その時、一緒に船出した家臣の子、母里吉太夫(母里友信嫡男)、加藤吉松(黒田一成弟)、木山紹宅の3人も一緒に溺死した。死後、母の光は自身が創建した圓應寺(福岡市中央区)に熊之助の霊を弔った。のち崇福寺(福岡市博多区)にも墓碑が建立された。
関連作品
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