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1963年のロードレース世界選手権

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1963年のロードレース世界選手権
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1963年のロードレース世界選手権は、FIMロードレース世界選手権の第15回大会である。5月にモンジュイック・サーキットで開催されたスペインGPで開幕し、鈴鹿で開催された最終戦日本GPまで、全12戦で争われた。

1963年の
FIMロードレース世界選手権
前年: 1962 翌年: 1964


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1963年のロードレース世界選手権

シーズン概要

要約
視点

前年に完成した鈴鹿サーキットで開催される日本GPが最終戦として加わり、この年の選手権は全12戦となった。ただし12戦開催されたのは125ccクラスのみで、フランスGPでは250ccクラスが悪天候によりキャンセルされた。また日本GPの350ccクラスは出走台数の不足により、選手権ポイント対象外となった[1]

この年、1957年以来グランプリから遠ざかっていたジレラのマシンが、かつてのチャンピオンであるジェフ・デューク率いるスクーデリア・デュークとして500ccクラスと350ccクラスに戻ってきた。しかしこれは純然たるワークスチームではなく、マシンはジレラ・ワークスの最後の参戦となった1957年の仕様のままで、ジレラからのファクトリーとしてのサポートはメカニック2人を派遣したのみだった。1957年のジレラ撤退以来ライバル不在となったMVアグスタのマシンがほとんど進化していなかった500ccクラスではいい勝負を見せたスクーデリア・デュークだったが、350ccクラスではホンダヤワといった新たな勢力にも遅れをとり、資金不足やライダーの怪我にも泣かされて1シーズンのみで活動を終えることになった[2]

前年活動を休止していたヤマハは大幅に戦闘力を向上させた新型マシンとともにグランプリに復帰し、わずか数戦ながら250ccクラスでは印象的な走りを見せてこれが翌シーズンの活躍につながることになる[3]。一方、翌年からの4輪F1参戦の準備を始めていたホンダはこの年は予算や人員をF1に割くために2輪のワークス活動は縮小し、その代わりに市販レーサーで参加車両の減少を補うという体制だった[4]

また、1950年代前半から多くのプライベーターたちの活動を支えてきたノートンの単気筒マシン、ノートン・マンクスは、この年の10月に生産を終了した[5]

500ccクラス

ジェフ・デュークはスクーデリア・デュークのライダーとしてデレク・ミンタージョン・ハートルを走らせる計画だったが、ミンターがシーズン前のブランズ・ハッチのレースで負傷して前半3戦を欠場せざるを得なくなり、急遽代役としてフィル・リードを起用した。そのスクーデリア・デュークが持ち出したジレラの4気筒マシンは外見こそ当時のマシン全体を覆うダスドビン・フェアリングからレギュレーションで許されたドルフィンタイプのフェアリングに変わっていたが、中身は最後に走った1957年当時からほとんど変更のないものだった[2]。一方、チャンピオンマシンのMVアグスタの4気筒も最後にジレラとタイトルを争った1957年以降はライバル不在となったこともあって大きな進歩をしておらず、開幕戦となったマン島ではマイク・ヘイルウッドが勝利したが2・3位にはスクーデリア・デュークの2人が続き、第2戦オランダでヘイルウッドのMVアグスタがトラブルを起こすとハートルがジレラに6年ぶりの勝利をもたらした[6]

しかしジレラファクトリーのサポートを得られずに金銭面でも苦しんだスクーデリア・デュークはハートルとリード、復帰したミンターが度々表彰台には上るものの結局オランダでのハートルの1勝のみにとどまり、対してヘイルウッドは第3戦以降は連戦連勝で第6戦のフィンランドでは他の全てのライダーを周回遅れにして5勝目を飾り、2年連続となるタイトルを決めた[6][7]

マチレスの単気筒に乗るアラン・シェパードは優勝こそなかったもののコンスタントに表彰台に上る安定した速さを見せ、ハートルとリードを押さえて前年に続いてランキング2位を獲得した。

350ccクラス

前年339.5ccのRC171でタイトルを獲得したホンダがフルスケール化されて349.5ccとなった新型RC172を投入したのに対し[8]、ロードレースはアグスタ伯爵の趣味といった意味合いの強いMVアグスタが新たなマシンを開発するようなことはなく[5]、ホンダのジム・レッドマンは開幕から4連勝の最短距離で2年連続タイトルを獲得した[9]。MVアグスタのマイク・ヘイルウッドはタイトル決定後の東ドイツGPフィンランドGPで2勝を挙げ、ランキング2位となった。

スクーデリア・デュークはこのクラスでもジョン・ハートルフィル・リードジレラのマシンに乗せたが、500ccクラスとは異なり1957年仕様のジレラの350ccは完全に時代遅れとなっており、ホンダやMVアグスタに加えてヤワのマシンにも遅れをとる結果となった[2]

250ccクラス

このクラスでは、前年型からほとんど変更されていないホンダ4ストローク4気筒に乗るジム・レッドマンと、パワーに劣るものの軽量さを武器とするモト・モリーニ4ストローク単気筒に乗るタルクィニオ・プロヴィーニとの熾烈なタイトル争いがシーズンを通して続けられ、第8戦まででプロヴィーニが4勝を挙げて2位が1回に3位が2回、レッドマンは3勝で2位と3位が2回ずつと全くの互角で最終戦の日本GPを迎えた。スズキエルンスト・デグナーが転倒して炎上、重傷を負うというアクシデントでスタートしたレースはレッドマンがヤマハ伊藤史朗との大接戦を0.1秒差で制して優勝[10]、対するプロヴィーニは体調不良もあって4位に終わり、ホンダとレッドマンがマニュファクチャラーズ・タイトルとライダーズ・タイトルをともに2ポイント差で獲得した[1][11]

2年ぶりの復帰となったヤマハは資金不足もあって数戦の参戦にとどまったが2ストローク2気筒のRD56の戦闘力は高く、デビューから2戦続けて2位入賞すると参戦3戦目となったベルギーGPでは伊藤史朗と砂子義一がヤマハのグランプリ初勝利を1・2フィニッシュで飾った。最終戦ではフィル・リードがヤマハに乗って3位に入る健闘を見せ、リードは翌年にはヤマハのエースとして迎えられることになる[3]

イタリアGPではジャコモ・アゴスチーニが、マシントラブルでレースを終えるまでトップを走るという印象的なグランプリデビューを飾った[6]

125ccクラス

前年、圧倒的な強さを発揮したホンダルイジ・タベリは、この年の開幕戦となったスペインでも前年型のマシンで勝利した。しかし前年の単気筒RT62が失敗に終わったスズキは新たに開発された2ストローク2気筒のRT63を投入し、この新型マシンが真価を発揮し始めるとホンダの4ストローク2気筒は全くついていくことができなかった[12]。第2戦のドイツエルンスト・デグナーが勝つとそれ以降第9戦フィンランドGPまでの優勝者をスズキのライダーが占め、中でもフランスGPからダッチTTまで3連勝を飾ったヒュー・アンダーソンは優勝か2位という好成績をキープし続け、東ドイツGPで5勝目を挙げて初タイトルを獲得した[13]。50cc以外のクラスで2ストロークのマシンがタイトルを獲得したのも、この年のスズキが初めてのことだった[6]

ホンダのタベリはイタリアGPでシーズン2勝目を挙げたが、このレースにはスズキ・チームは出場していなかった。4ストローク2気筒では軽くてパワフルな2ストロークに太刀打ちできないことを知ったホンダはより高回転・高出力を目指した4気筒のRC146を最終戦の日本GPでデビューさせ、タベリがポール・ポジションを獲得、ジム・レッドマンがスズキのフランク・ペリスとのトップ争いの末に2位に入るなど、2ストロークと争えるだけの戦闘力を示した[1][14]

50ccクラス

ホンダが参戦を取り止め、50ccクラスはヒュー・アンダーソンエルンスト・デグナーを擁するスズキ勢と、ハンス=ゲオルグ・アンシャイトクライドラーによる2ストローク同士の戦いとなった。開幕戦のスペインはアンシャイトが制したが、続くドイツGPではアンダーソン以下スズキ勢が表彰台を独占。第3戦のフランスGPでは再びアンシャイトが勝利し、マン島TTではスズキの伊藤光夫が日本人初のマン島勝者となった[15]。そして第7戦フィンランドで3勝目を挙げたアンシャイトが2勝のアンダーソンを押さえてポイントリーダーとして最終戦日本GPを迎えた。ところが日本GPでアンシャイトのクライドラーはメカニカルトラブルを起こしてノーポイントに終わり、2位になったアンダーソンが逆転でタイトルを獲得した[6][16]

50ccクラスへの参戦を見合わせたホンダだったがマシンの開発は続けられており、地元鈴鹿の最終戦でデビューさせた2気筒4バルブのRC113は、ルイジ・タベリのライディングにより独走でデビューウィンを飾った[17]

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グランプリ

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(*)日本GP350ccクラスは出走台数が3台だったため、レース不成立となった。

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  • 500・50ccクラスは上位入賞した5戦分、350ccクラスは上位入賞した4戦分、250ccクラスは上位入賞した6戦分、125ccクラスは上位入賞した7戦分のポイントが有効とされた。

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脚注

参考文献

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