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ABO式血液型
血液型の分類法の一種 ウィキペディアから
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ABO式血液型(ABOしきけつえきがた)は、血液型の分類の一種。ヒトの場合はA、B、O、ABの4型に分類する。型を決定する対立遺伝子はA、B、Oの3種、遺伝子型はAA、BB、AB、AO、BO、OOの6種がある。
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A型の赤血球にはN-アセチルガラクトサミンを含むA抗原、B型の赤血球にはN-アセチルグルコサミンを含むB抗原があり、AB型の赤血球ではA抗原・B抗原が共にある。O型の赤血球には両抗原がない。

概要
血液型は初め血液の型として出発したのでこの名があるが、その後の研究において血液のみに関わらず一個人の細胞、臓器、体液にはもちろん、毛髪などの硬組織にも分布する個人を血清学的に識別できる方法であることが分かっている[1]。
赤血球の表面には250種以上の表面抗原があるが、A/B型抗原はその代表的な抗原である。[2] 赤血球の表面にA抗原があるとA型、B抗原があるとB型、AとB両方の抗原があるとAB型、両抗原が無いとO型とする[3]。先の遺伝子型でいうと、AA・AOがA型、BB・BOがB型、ABがAB型、OOがO型となる。
逆に血漿中には各抗原に反応する抗体があり、通常A型の血漿中には抗B抗体があり、B型の血漿中には抗A抗体があり、AB型の血漿中には抗A抗体も抗B抗体のどちらも無し、O型の血漿には抗A抗体と抗B抗体両方が存在する[3]。
血漿中の抗体を調べることで血液型を判定することを裏試験ともいう[3]。表面抗原に、それぞれ対応する抗体が反応すると赤血球は凝集してしまう。
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歴史
要約
視点
最も初期に発見された血液型分類である。
1900年にオーストリア・ハンガリーのウィーン大学で病理学教室の助手をしていたカール・ラントシュタイナー(Karl Landsteiner, 1868年 - 1943年)は、イギリスの病理学者シャタックの「肺炎患者の血球と血清(それぞれ別人)を混ぜていた際に凝集があった」という報告を聞いて、これが正しいか、正しければ肺炎の診断に利用できないかの追試を行った。
そこで自分を含む22人の健康な人の血液を血球と血清に分けて互いに混ぜ合わせて調べた所、以下のような凝集反応の有無が確認され、凝集は健康な人同士でも起こりうる生理的現象で肺炎診断には使えないが、同じ血清を入れた場合でも血球の持ち主によって凝集するときと凝集しない時があるという事に気がついた。
(以下の表は要点を抜粋したもので、残り16人分は省略されている)
- は凝集、は非凝集。
- 細胞成分は血球、液性成分は血漿。
(山本文一郎『ABO血液型が分かる科学』P4 表1-1「ランドスタイナーの赤血球の凝集実験の結果」より)
これらより凝集のする・しないのグループ分けをするとErdheim博士・Sturli博士、Pletschknik博士・Zaritsch氏、Storck博士・ランドスタイナーと分けられ[4]、ランドスタイナーは「人の血液は3つの群に分けられる」として、「A型」「B型」、「C型(このC型は現在のO型である)」と名付け、翌年の1901年11月14日に論文発表した[5]。
さらにその翌年(1902年)にアルフレッド・フォン・デカステロとアドリアノ・シュテュルリによってこの3群のいずれにも入らない第4の型が追加発表された[6]。
こうした血液の型の呼び方について1906年と1909年にポーランドのヤンスキー、アメリカのモスがそれぞれ独自にこの4つの型を番号で第I〜IV群と呼んだが、お互い順番がバラバラ(I・IVがヤンスキーとモスで逆)でそれぞれの分類を使う人同士に混乱が起き、これとはさらに別に1910年にエミール・フォン・デュンゲルンとルドヴィク・ヒルシュフェルトが4種類の血液について詳しい研究をして「人の血液中には凝集原(抗原)AとB、それぞれに反応する抗体αとβがある。」とまとめ、「A抗原を持っている人をA型(抗体はβ)」というようにまとめ、両方の抗原を持つ人をAB型、両方の抗原がない人をO型と呼んだ[7]。
その後1928年の国際連盟の血清標準委員会で、フォン・デュンゲルンとヒルシュフェルトの名称を国際的に使うことが決められた[8]。
その後、フォン・デュンゲルンとヒルシュフェルトは1911年に72家族348人の血液型を調べた結果、血液型は遺伝要素があるという仮説を唱えた。
これにより「凝集原を持つ人は必ず親がそのタイプの凝集原を持つ」、「両親ともに凝集原のないO型の場合は子供は必ずO型」という法則を知り、これをもとに血液型は、メンデルの法則に従って遺伝し「Aとa」「Bとb」という二対の対立因子を考えた。(二対対立因子説)
一方、1925年にドイツのゲッティンゲン大学の数学者フェリックス・ベルンシュタインは、「二対対立因子説で予測できる数値に比べ現実のAB型が少なすぎる」という理由から、同年日本の古畑種基・市田賢吉・岸孝義(以下、「古畑ら」と表記)は親にAB型がいる場合、二対対立因子説ではいかなる型の子も生まれる(=親子鑑定に使えない)はずだが、調べているうちに逆に「AB型の親からO型の子がいる例が見当たらない[注釈 4]」という理由から別々に二対対立因子説が誤りではないかと推測し、お互いに「三複対立因子説」を提唱した。
(三複対立因子説の詳細については因子の組み合わせは「機構」、遺伝は「ABO型における親子の理論的な血液型の組み合わせ」を参照。)
両者の内容には差異があるが(後述)どちらもO型は「対立因子がない」のではなく「対立因子の1つを持つが他の因子に潜性遺伝する(古畑の言葉を借りると「AとBに対し潜性するa・bが同じもの[12]」)」という考えで、これならばAB型が少ない理由も子供の生まれる組み合わせも説明できるため、確認のため別の学者たちが何度か家族調査を行った結果、日本国内で合計で958家族、3954人を調べ三複対立因子説の通りの調査成績になったため、1927年のアムステルダムで開かれた第3回国際人類学会とベルリンの第5回国際遺伝学会で古畑らはこれを報告し、ついで1933年の第5回太平洋学術会議で1595家族6826人(子供3636人)の調査結果を報告し、血液型の遺伝は三複対立因子説で説明されるようになった[13]。
なお、ベルンシュタインと古畑らの三複対立因子説の一番大きな違いは「O型に型特異性の抗原性があるか否か」についてで、ベルンシュタインはR凝集原とそれに反応する抗R凝集素(ρ)を仮説として唱え、古畑は抗原は有ったとしても全部の型に共通の基本型抗原だとした[注釈 5][14]。
(実際のO型血球に存在したH抗原はAB型血球にも存在するため、ベルンシュタインのいうR凝集原ではなく古畑の言う基本型抗原に近い。)
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機構
要約
視点
A型はA型転移酵素をコードする遺伝子を持っており、この酵素が元になるH物質にN-アセチルガラクトサミンをつけてA抗原を作るのに対し、B型はB型転移酵素をコードする遺伝子を持っていてこちらの酵素はガラクトースをつけB抗原を作る。AB型は両方の遺伝子を持っているためAとB双方の抗原を作るが、O型はどちらも作れないのでH物質のままになる[15]。 これらの抗原が最初に血液から発見されたために「血液型」という名称を冠するもので、血液以外にも唾液・精液など、すべての体液にも存在する。ただし血球などに抗原をつける遺伝子と唾液などの体液に抗原をつける遺伝子は別系統(後述)なので、1/4の人は後者の遺伝子が働かない非分泌型という血液以外の体液に抗原が出ない(もしくは微量で検出されない)体質である。
ABO式血液型を決定する抗原を作る遺伝子は第9染色体に存在し、通常のA型とB型の遺伝子では両方355個分(厳密には最後が終止コドンなので354個分)のアミノ酸のデータでそれぞれA抗原とB抗原の転移酵素を作り、これでH抗原を作った後追加の糖をつけるが、A型とB型では中~後半部に7か所(99・176・219・235・266・268・310番目)作られるアミノ酸が違うものがあり、この違いでA酵素はN-アセチルガラクトサミン、B酵素はガラクトースがそれぞれH抗原につけられ、これがA抗原とB抗原の違いになっている。O型の遺伝子の場合は、AやBの遺伝子の後半部分が機能しておらず途中で終止コドンになって、通常のO型では87番目のアミノ酸用の塩基配列が1つ抜けているので以後がずれ、118個分(厳密には最後は終止コドンなので117個分)のアミノ酸のデータで酵素を作るため追加の糖が付けられなくなっている[16]。
一方、H物質を発現させる遺伝子は第19染色体に位置し、H前駆物質をH物質へ変換させる。後述のボンベイ型とパラボンベイ型は、H物質を組み立てる際にフコースをつける工程でこの酵素が作られない遺伝子のため「H物質自体が完成せずに、ここから先のA抗原とB抗原も作られない」というものだが、分泌型か非分泌型かでさらに違いが生じており、非分泌型のボンベイ型ではこれらの抗原が血球以外にも存在しないが、分泌型のパラボンベイ型では体液分泌細胞や上皮細胞用の抗原を作る1型糖鎖(血液細胞や血管壁用の抗原の糖鎖は2型)を作る遺伝子は別系統(分泌・非分泌型の遺伝子)で機能しているため、体液中にはH物質があり、遺伝子によってはAやBの抗原も保有している他、そこから漏れたこれらの抗原が赤血球に吸着されて「わずかだがABOに関する抗原を持つ赤血球」を持つことがある[17]。
- A型 - A遺伝子をすくなくとも一つ持ち、B遺伝子は持たない(AA型、AO型)→A抗原を持つ。B抗原に対する抗体βが形成
- B型 - B遺伝子をすくなくとも一つ持ち、A遺伝子は持たない(BB型、BO型)→B抗原を持つ。A抗原に対する抗体αが形成
- O型 - A遺伝子・B遺伝子ともに無い(OO型)→H抗原のみ持つ。A,B抗原それぞれに対する抗体α、抗体βが形成
- AB型 - A遺伝子・B遺伝子を一つずつ持つ(AB型)→A抗原、B抗原両方を持つ。抗体形成なし
A抗原とB抗原は、持っていないとそれに対する自然抗体が形成されることが多く、この場合、型違い輸血により即時拒絶が起きショック状態となる[18]。自然抗体がなくとも型違い輸血により1週間程度で新しいIgM抗体が生産されこれが拒絶反応をおこす。そのため、基本的には型違い輸血をしてはならない。輸血される血液は受血者の血液より少量のため、血漿によって希釈されて抗原抗体反応が起こらなくなる。
なお、「自然抗体」というのはRh型のように不適合輸血[18]を受けた後などに抗体を生じる「免疫抗体」に対する呼び方だが、実際にはこれも免疫機構によるもので、1950年代にペンシルバニア大学のゲオルク・スプリンガーの実験で無菌状態で育てたヒヨコはABO式血液型の抗原を持っていない[19]が、B抗原を持つ大腸菌を投与すると抗B抗体を持つようになったという報告があることや、人間も腸内細菌のいない新生児の頃は抗A抗体や抗B抗体をもたないが、生後3か月から6か月ほどで持つようになることなどから腸内細菌などに対する免疫の結果生じた抗体とされる[20]。
分布
要約
視点
地理的分布
ABO式血液型の遺伝子分布は母集団(地域や人種)によって差が大きく、コロンブス以前の分布[注釈 6]では、O型遺伝子の率は世界的にどこでも多い[注釈 7]が特にアメリカ大陸の先住民[注釈 8]で、中南米ではO型が100%近くになる地域がある。A型遺伝子が多い地域はヨーロッパ(約25~35%)とオーストラリアの南部と西部の先住民(約30~35%)、また北米でもカナダ・アルバータ州からアメリカ・モンタナ州にかけてのブラッド族・ブラックフィート族(黒足族)と呼ばれる先住民集団[注釈 9]は例外的にA型遺伝子の比率が高い(最大50%以上)。ただ、この3か所はMN式血液型で調べると分布が全く異なる[21]他、後述のB型の分布も大きく異なる。B型遺伝子が多い地域は北部インドからモンゴル(約30%)となり[注釈 10]、逆に南北アメリカ大陸やオーストラリア先住民では極めて少なく(ほぼ0%)、同じモンゴロイド系の人種でもアジア側とアメリカ側で結果が大きく違うため、B型は「アメリカ先住民の新大陸移住(約2万年~1万5千年前)後にアジアで増加した」か「偶然アメリカ先住民の先祖にB型がほとんどいなかった」のどちらかの可能性が高いと考えられる[22]。
なお、アフリカ大陸のABO型分布には取り立てて特徴がなく、大半の地域で一番多いのはO型(65~75%)だが特にこの地域が多いわけではなく、シベリアやヨーロッパ西沿岸部とさほど変わらず、A型はアジアの大半地域並み(15~25%)・B型は東ヨーロッパ(10~15%)程度である[23]。
日本人のABO式血液型の分布はおよそO型32%、A型37%、B型22%、AB型9%だが、古畑種基らの研究によるとわずかに地域差があり、九州・四国・中国ではA型、東北・北陸ではO型がわずかに多く、それぞれ反対の方がその分少ない[注釈 11]という分布の勾配があった。
世界の血液型分布
→詳細は「w:Blood type distribution by country」を参照
国別ABO・Rh式血液型割合
50.0%以上 40.0–49.9% 30.0–39.9% 20.0–29.9% 10.0–19.9% 5.0–9.9%
民族別ABO式血液型割合
血液型と人類学の歴史
(注:「民族」は本来文化的なもので人種とは無関係だが、この項の『血液型の話』からの引用部位では「民族」を人種の意味で使用している部位がある。)
地域による血液型比率の違い血液型を人類学に最初に応用したのはルードヴィヒ・ヒルシュフェルド夫妻で、第一次世界大戦終結時にマケドニアに集まった各国の兵士8500人の血液型を調べた際、人種の相違によって比率が大きく違う(下図参照)ことを発見し、1918年5月5日にサロニカの医学会で報告。その後いろいろあって遅れたものの、1919年10月18日にイギリスの著名な医学雑誌『ランセット』に掲載された。
- (注:オーストリア人の人数は全体が8500人なら600人のはずだが、出典の表で「?」とある。)
- 「民族示数」は「A型とAB型の合計百分率を分子」で「B型とAB型の合計百分率を分母」にした数値。A遺伝子を持つ人が多いほど大きくなる。
当時は血液型が個人で不変かどうか自体不明瞭であった(上記の兵士たちは基本的に似たような環境で同じものを食べていたが、もっと長期間の環境変化ではどうなるかは分かっていなかった。)ため、これが彼らの故郷の環境によるものか血統的によるものかがはっきりしなかったため重要視されなかったが、1921年ハンガリー(原書は「ハンガリヤ」表記)のヴェルザーとウェスツェッキーが自国内で当時出自が違う民族とすでに分かっていたドイツ系・蒙古系(注:マジャール人の事)・ジプシー(インド系)の民族の血液型比率を調べたところ、下図のようになった。
これらの違いとドイツ系民族やジプシーはヒルシュフェルドのドイツ人やインド人との報告とほぼ同じ比率になったことなどから、離れた国に長期間住んでいても他との通婚が少ない場合血液型の比率が先祖とほぼ変わらないこと、逆に同じ国にいても先祖が違う集団は違ったままであることが判明した[60]。
こうした結果より、民族の移動などを血液型から推測する研究がされるようになり、まず最初のヒルシュフェルド夫妻は『ヒルシュフェルドらの分類』の表のデータのうち、イギリス人からギリシャ人までを「ヨーロッパ型」、マダガスカル人からインド人までを「アフリカ・アジア型」としてその間の4民族を中間型とし、O型の比率はどこも極端に違わないのにA型とB型の人種差が極端に激しいので、「かつてA型を基本とするA人種(ヨーロッパの中~北部起源)とB型を基本とするB人種(インド北方起源)がいて、これが混血していき様々なABO式血液型の比率を生み出した。」という説を提唱した[61]。
その後、世界各地の人種の血液型比率を調べていた際にスナイダーが混血が少ないアメリカ先住民族(原文は「アメリカ・インディアン」)にO型が極めて多い(453人を調べてOが91.3%だった)ことを報告し、これにより自分が提唱した後述の原則から「大昔はアメリカ先住民は100%O型だったのではないか」という説を提唱し[62]、これ以外にドイツのベルンシュタインなども自分の三因子仮説などから原始人類の血液型はO型のみでそこからA・B型が突然変異したのではないかという説を上げていた[63]が、カナダのアルバータ州でマトソンとシュラーデルが調査したところ、ほとんど混血のない先住民(前述のブラッド族・ブラックフィート族など)にA・O型が多くB・AB型が皆無という地域が見つかった他、オーストラリアでも白人との混血が少ないにもかかわらずA型の多い集団が発見され、原始人類はO型のみではないかという仮説は訂正された[64]。
スナイダーは血液型を人類学に応用する際、以下の必要な四原則を定めている。
- 一民族の血液型分布率は、これと血液的に緊密な関係にある他民族の血液型の分布率と近似することが予期される。
- 一民族の血液型分布率が、これと血液的に緊密な関係にある他民族の血液型の分布率と大いに異なる場合、この民族はさらに他の民族との間に混血があることが予期される。
- 一民族の血液型分布率が、これと緊密な関係にない他民族の血液型の分布率と等しい場合、その祖先の時代において前者が後者あるいはその近い民族との間に混血があったことが想像される。
- 一民族がAまたはBのいずれか、あるいは両方を欠くか、その遺伝子頻度が非常に小さい場合、この民族は人類にAまたはBの突然変異が起こる前、またはAやBの広がる前からほかの民族と孤立して生存していたと考えられる。
この四原則は当てはまる場合も多いが、一致しない場合もあり他の証拠から近縁でさらに別の民族との交流が薄い民族同士でも分布率が大きく違い、逆に無関係のはずの2つの民族の血液型分布がほぼ一緒という場合もあるので、なるべく一定数以上の人数で広い範囲を確かな診断で調べる必要がある[65]。
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ABO式血液型の亜型分類
要約
視点
ABO型の各型の凝集力の違いなどを元にさらに下の亜型がある。
血液型の亜型はA2が最初の発見になり、通常のA型はフジマメ科の植物ドリコス・ビフローラスからとれるレクチンで凝集が起きる(B型・O型は凝集しない)が、A型であるにもかかわらずこれに反応しないものがあったことで発見された。このA2は酵素反応してないH物質が多く、このためドリコスレクチンに反応しなかった。 原因はA2の遺伝子はABO血液型物質を作る354番目のアミノ酸の塩基配列が1つ抜けたため、次が終止コドンにならずにA1(通常のA)より長くなり、376個分のアミノ酸のデータで酵素を作るためこのような違いが起こっていた。なお後に判明した他の亜型の場合もA3は291番目のアミノ酸(塩基では871番目)、AXは216番目のアミノ酸(塩基では646番目)、B3は352番目のアミノ酸(塩基では1054番目)にこうした違いが起きていた[66]。
基本的に型が同じなら抗原は同じもの(量が異なるのみ)なので亜型が違っても通常はその型の赤血球製剤で問題ない[67]し、反応する場合も低温でのみ反応する寒冷凝集素の場合は実害がないためそのまま輸血可能だが、まれに37℃反応性のその型の抗体(A型なら抗A1抗体、B型なら抗B抗体)を持っている場合は「O型」の赤血球製剤(A抗原・B抗原を持たない)を使用する。いずれの場合も血漿・血小板剤はその型のもので問題ない[68]。
A型の亜型
- A1
- 普通のA型。A型の人のうち約80%を占める。(赤血球1個当たりの抗原数8.1×105〜11.7×105)[67]
- Aint
- A1よりも弱くA2よりも強い。
- A2
- 弱いA型。(赤血球1個当たりの抗原数2.4×105〜2.9×105)
- このあたりからO型に間違えられやすくなる[67]。
- 検査は抗Hレクチン、抗A1レクチン、被凝集価測定、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定、
- そのほかA1に対する抗体を持つものものが時々いる[69]ため、A型血球との間接抗グロブリン試験などでも調べる。
- A3
- かなり弱いA型。(赤血球1個当たりの抗原数7000)
- オモテ試験で部分凝集となるのが特徴。
- 検査は抗Hレクチン、抗A1レクチン、被凝集価測定、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- その他A型とO型の血液キメラやモザイクとの鑑別のため、混合赤血球の分離も。
- これ以外にほとんどがA1に対する抗体を持つという性質を持つ[69]。
- Ax
- A3よりさらに弱いA型。(赤血球1個当たりの抗原数1400〜10300)
- AでありながらAに対する抗体を持ち、あるはずの転移酵素や型物質がない。
- 検査は抗Hレクチン、抗A1レクチン、吸着解離試験、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- Am
- Axよりさらに弱いA型。(赤血球1個当たりの抗原数1200)
- Aでありながらオモテ試験で凝集せずOと判定される。しかし転移酵素や型物質は存在する。
- 検査は抗Hレクチン、抗A1レクチン、吸着解離試験、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- Ael
- ものすごく弱いA型。(赤血球1個当たりの抗原数700)
- 「el」はelution(溶離・溶出)の略。吸着解離試験の検査以外ではA型と判断できない。
- Aend
- ものすごく弱いA型。特定の抗原が存在しないか、ごくわずかしか存在しない。
基本的に血清中に抗Aがあると、血清を使った型物質測定はできない。
B型の亜型
B型はあまり研究が進んでいないが、A型同様のバリエーションがあると思われる。
- B1
- 普通のB型。
- Bint
- B1よりも弱くB2よりも強い。
- B2
- 弱いB型。
- B3
- かなり弱いB型。
- オモテ試験で部分凝集となるのが特徴。
- 検査は抗Hレクチン、被凝集価測定、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- そのほかキメラやモザイクとの鑑別のため、混合赤血球の分離も。
- Bx
- B3よりさらに弱いB型。
- BでありながらBに対する抗体を持ち、あるはずの転移酵素や型物質がない。
- 検査は抗Hレクチン、吸着解離試験、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- Bm
- Bxよりさらに弱いB型。
- Bでありながらオモテ試験で凝集せずOと判定される。しかし転移酵素や型物質は存在する。
- 検査は抗Hレクチン、吸着解離試験、転移酵素活性測定、唾液・血清中の型物質測定。
- Bel
- ものすごく弱いB型。特定の抗原が存在しないか、ごくわずかしか存在しない。
- 「el」は吸着解離試験を意味する。この検査以外ではB型と判断できない。
- Bend
- ものすごく弱いB型。特定の抗原が存在しないか、ごくわずかしか存在しない。
基本的に血清中に抗Bがあると、血清を使った型物質測定はできない。
AB型の亜型
- 前述のA型亜型とB型亜型の組み合わせ
- 例えばA1B2の場合、Bの凝集力が弱いのでA型と誤認されやすくなる。両方凝集が弱い型だとO型との誤認もありうる[67]。

- シスAB型 (cisAB)
- 普通、A型遺伝子とB型遺伝子が重なった際にAB型になる(例・A×B=AB)。しかしごく稀に、一本の染色体にA型とB型両方の遺伝子が乗っていることがある。このような染色体を持つ人は必ずAB型となり、このケースをシスAB型と呼ぶ。この場合、配偶者がO型でもAB型が生まれる事がある(例えばcisAB×Oの場合は全ての型が生まれる可能性がある)。ちなみに、普通のAB型はトランスAB型と呼ばれる。シスAB型はAB型の約10000分の1程度でかなりの低確率である。
- シスAB型の場合、普通のAB型に比べて抗原を作る量が少ないことが多く、A2B3(A・B双方の抗原が少ない)、A2B(B抗原は多いがA抗原は少ない)、A1B3(A抗原が多いがB抗原が少ない)の3種類が報告されており[67]、一番典型的なA2B3型の場合、A抗原・B抗原は弱いがH抗原は通常より高く、A1レクチンに反応しない。血清に弱い抗B抗体があり、時には抗A1抗体もあるが体温では反応しないなどの特徴を持つ[70]。
- 遺伝子を見るとA・B双方の抗原が少ないA2B3型の場合、A型遺伝子を基本に2か所(156番目と268番目)のアミノ酸が異なり、後者がB遺伝子の物と同じ配列になるのでAとBの酵素をつぎはぎにしたような酵素ができ、量は少ないがAとB双方の抗原が作られているのに対し、B抗原は多いがA抗原は少ない型の場合はB型遺伝子を基本にしているが235番目のアミノ酸がA型と同じ配置なのでB抗原が主に作られ、わずかだがA抗原も作られているといったような違いがある[71]。
O型の亜型
便宜上、ボンベイ型・パラボンベイ型も解説。
- (本来の)O型の亜型
- 元々O型が「ABO遺伝子のうちH物質に糖をつける遺伝子が働かないもの」すべてを指すので遺伝子の配列がかなり違うものが見つかっており、通常の87番目のアミノ酸製造の塩基が1つ抜けているもののほかに、さらに後半部で置換がある亜型と、87番目のアミノ酸はA型やB型と同じだが後半のアミノ酸で塩基の置換が生じてアミノ酸が4つ(176・235・266・268番目)異なっている(厳密には176番目がB型、235・256番目がA型、268番目がどちらとも違う。)亜型も見つかっている[72]。
- いずれでも遺伝子を調べて分かる程度の違いでH物質が赤血球にそのままついているのには変わりがなく、輸血上の問題もない。
- ボンベイ型(Oh)
- インドのボンベイ(現在のムンバイ)で発見[73]されたことから、この名前がついている。
- H物質を組み立てる際にフコースをつける工程があるが、ボンベイ型はこの酵素が作られない遺伝子のためH物質自体が完成せず、ここから先のA抗原とB抗原も作られないためA型やB型の遺伝子を持っていても表試験ではO型と判定されてしまう。
- H物質を持たないため抗H抗体を自然抗体として持ち、うら試験で通常A・B型血球と対照用に使うO型血球[74]を凝集させる。
- この抗H抗体は体温で反応する[注釈 12]ので、ボンベイ型にO型を含むH抗原のある型の血液を輸血できず、同型(ボンベイ型)の赤血球製剤を輸血する[68]。
- 表記は「Oh」だが、O型血液を輸血できないことなどから厳密にはO型と全く別の血液型である[75]。
- パラボンベイ型(記号は下記参照)
- ボンベイ型と同様にH物質を組み立てる遺伝子の変異でH物質が完成しないが、こちらは赤血球にA抗原もしくはB抗原を弱くだが持つ型。(理由は#機構を参照)
- Ah型、Bh型(Row-IIとRow-IIIに分類[注釈 13])、AHm型[注釈 14]、BHm型、OHm型(Row-IIIに分類)が確認されている。
- Ah型、Bh型:通常のボンベイ型(Oh型)と同じ性質を持つが、AまたはB抗原が不完全で弱いながらも存在。
- AHm型、BHm型:血液上の抗原はAh型、Bh型と同様だが唾液は分泌性、OHm型はOh型(通常のボンベイ型)と同様だが唾液は分泌型。
- 輸血の問題はボンベイ型と基本的に同じだが、Row-IIIのパラボンベイ型で抗体が低温性のもの(抗HI)のみAhの場合はA型、Bhの場合はB型を使用してよい。血漿・血小板剤はその型(亜型の種類によってA・B・Oの選択肢がある)のもので問題ない[68]。
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判定方法
要約
視点
試薬の抗A血清と抗B血清とを用いて、採取した赤血球と反応させて凝集の有無により判定する方法(おもて検査)で仮に判定される(抗H血清も使用することがある。抗H血清を使用するとボンベイ型の判定も出せる)。どちらかの血清で凝集が見られた場合はその血液型、どちらとも凝集が見られた場合はAB型、凝集が見られない場合はO型と判定される。これに加え、血液の血清を用いてA・B・O各自型の血球の凝集(O型血球は対照として用い、これが凝集する場合は判定を保留する。)を判定する方法(うら検査)で判定して結果が一致した場合に、血液型が確定される。
誕生時には、うら検査で判定するのに必要な血液型決定因子が不足しているので判定できず、おもて検査では、凝集が起きにくいタイプの場合や凝集の有無を間違って、誤って仮判定されるケースがある。そのため、成長してから正しい血液型が確定された場合に、ABO型の血液型が変わったかのように見える場合がある。なお、おもて検査とうら検査の判定が一致しなかった場合は再検査する。それでも一致しなかった場合は以下の可能性も考慮する。おもて検査とうら検査には優劣がないため、どちらかの判定を優先して血液型を決定するということはしない。
おもてとうら不一致時に考えられる可能性[76]。
- 血球側に問題がある場合の例
- 亜型(#ABO式血液型の亜型分類参照)
- 疾患による後天性の抗原異常(白血病やホジキン病などで抗原が弱まり、弱い亜型やO型と間違えやすくなる。)
- 獲得性B(A型が癌や細菌による感染症で発生したB抗原が赤血球につき、AB型に見える場合がある。)
- 血液キメラ・モザイク(複数の遺伝子や同じ遺伝子でも表現型が異なる血球が存在する。当然別型の血球ごとに反応が変わる。)
- 汎血球凝集反応(血球の表面が細菌やウイルスによって劣化し、T抗原系統の露出ですべての抗原血清で凝集する。#汎血球凝集の各レクチンに対する反応参照)
- 自己免疫性疾患による血球の抗体感作(自分の血液に反応する抗体が元からある)
- 異型輸血後(別人の血が入っているのでキメラ・モザイク同様に別型の血球で反応が異なる。)
- 血清側に問題がある場合の例
- 連銭形成(凝集とは別の赤血球が数珠上に重なった状態を凝集と誤認。)
- 低または無γグロブリン血症で抗体不足
- 不規則抗体の存在(ABO式と無関係の血液型で凝集)
- 血清中の血液型物質の増加(癌などで見られる場合がある)
- 高力価の寒冷凝集素
- 新生児や老人における抗A抗B抗体の欠損または低下(上記参照)
- 新生児の胎盤通過性母親由来抗体(母親の抗体が新生児血清に混ざっている)
- 亜型血清中の抗体(亜型の一部には同型抗原に抗体を持つ場合がある)
血液ではなく、遺伝子から判定するという手法もあり、血清による判定に比べ、誤判定が生じにくいことが特徴である。
また、亜型検査(あがたけんさ)は、輸血検査の中でも血液型を確定するのに非常に重要である。亜型検査とは、血液型の亜型を判定する検査である。亜型とは、血液型の下位分類で、赤血球表面抗原に抗体が反応した際の凝集性の強さが異なる。例えば、Bm型はB型の亜型だが、凝集性が非常に弱く、通常のオモテ試験でO型と判定され得る。この血液型のヒトに対する輸血はB型でよく、Bm型まで揃える必要はない[77]。
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ABO型における親子の理論的な血液型の組み合わせ
要約
視点

※あくまでも、メンデルの法則に基づいた、単純化した理論による血液型および確率である。現実には亜型等による例外が存在する。(例・シスAB型とO型によるAB型やO型の子供など)
ABO式血液型は、人の第9番染色体に存在する複対立遺伝子によって決定する。通常、存在する遺伝子の遺伝子型はA、B、Oの3種類であって、AとBとはOに対して顕性に遺伝し、AとBとの間には顕性潜性の差異は存在しない。すなわち、2本の第9番染色体のうち少なくとも一方にA遺伝子が存在しいずれにもB遺伝子が存在しなければ表現型はA型、少なくとも一方にB遺伝子が存在しいずれにもA遺伝子が存在しなければ表現型はB型、A遺伝子・B遺伝子の双方が存在すれば表現型はAB型、2本の染色体の双方にO遺伝子が含まれる場合は潜性遺伝するO型が表現型となる。
下の表のように、表現型がA型とB型の場合は複数の遺伝子型が存在する。
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ABO式血液型と性格
→詳細は「血液型性格分類」および「ブラッドタイプ・ハラスメント」を参照
科学的には血液型と性格に関係があるとはされておらず、現時点で知られている血液型性格分類はいずれも正しいとは認められていない[78]。だが1970年代から2000年代前半にかけて、多くのテレビや書籍が根拠なく分類を広めたため、いまだに血液型と性格の関連性を信じている人もいる[79]。血液型性格分類が広まっているのは、日本とその影響を受けた韓国、台湾といった一部地域だけであり、それ以外の地域では性格と血液型を関係づける習慣がなく、日本の血液型性格分類は奇妙に思われている[80]。そもそも血液型への関心自体が薄く、自分の血液型を覚えていない人も多い[81]。本人が血液型を覚えていても医療現場でそれを鵜呑みにすることはないので、輸血が必要な時などは、日本でも海外でもその場で血液型検査が行われる。
血液型によって人の性格を判断し、相手を不快や不安な状態にさせる言動はブラッドタイプ・ハラスメント(通称:ブラハラ)と呼ばれ、近年になり社会問題として取り上げられるようになった[82]。採用試験の応募用紙に血液型の記入欄があったため、改善するよう労働局から指導された企業もある[83]。厚生労働省は「血液型は職務能力や適性とは全く関係ない」と呼びかけている[83][84]。
一方で、免疫系の観点から血液型性格分類を支持する研究[85][86]や、日本の健常人において、ABO式血液型の遺伝子型と性格特性には有意な関連が認められるとする研究もある[87]。
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ABO式血液型と体質
要約
視点
血液型と病気の関連性については1980年代には持てはやされていたが、ヒトゲノム計画が終りつつあった2000年に、科学雑誌『Nature』にて総説が掲載され、その内容は「胃腸管に関するいくつかの形質に弱い相関が確認できるが、血液型と疾患の相関については再現性よく示されたものは無い」というものであった[88]。その後の研究では、健康面(ストレス抵抗性や病気のリスク)へあるという報告は存在している[89]。 ABO式以外の血液型では特定の血液型のみある病気にかからないというものがいくつか見つかっている(P式血液型:p型とPk型のヒトパルボウイルスB19耐性、ダフィー式血液型:Fy(a-b-)型の三日熱マラリア耐性など[90]。)が、ABO式では完全耐性の病気は見つかっておらず、下記のように相対値で数割ほど多い少ない程度の「あえて言えば」の範囲である。
- マラリア:マラリアそのものの感染率は変わらないが、熱帯熱マラリアによって起きる脳性マラリアに移行するしやすさがA型がO型の1.3倍。(マラリアに寄生された赤血球が脳の血管に詰まるのが原因だがA型のみ毛細血管に若干くっつきやすい。)
- 胃(十二指腸)潰瘍:ピロリ菌の感染しやすさがO型のみ25%ほど高い(ピロリ菌はルイス抗原のb抗原につきやすいので、Aルイスb抗原やBルイスb抗原に変化しているA型やB型より、これがこのまま残るO型の胃壁につきやすい。)
- ノロウイルス:一部の株に限るが、H物質につくのでO型の感染率が若干高い。(以上3例山本(2015) p.180-188より)
- COVID-19:関係しないという説と[91]、東アジア人種では関係するという説の両者がある[92]。
免疫機構以外の病気の成りやすさで確認されているものでは、O型は血液凝固に必要なフォン・ウィルブランド因子の濃度が他の型より25%ほど低く、このため他の型よりわずかに血液が凝固しにくく、血栓が起きにくい(エコノミークラス症候群発生率がO型を基準とすると他の型は50%ほど多い)[93]。
2022年には、科学雑誌『Nature』に、ABO型血液型と腸内細菌叢に関する論文が3報発表された[94][95][96]。この3つの論文の中で、Qin Y et al. (2022)は、ABO型血液型との直接の相関関係は発見されていないが、メンデル無作為化法を使って、腸内細菌のMorganellaとRaoultellaがうつ病に因果関係的に影響がある可能性を示唆した。また、著者らが論文の中で述べているように、この検定方法はいくつかの欠落変数がある可能性を排除できないため、厳密な因果推論ではなく、あくまで腸内細菌が病気の発病に影響を与えうる可能性を今後の研究の方向性を提案するために行なったとしている(p. 139)[95]。ABO型血液型が、実際に精神疾患罹患に影響を与えるか、今後のさらなる研究が待たれる。
ABO式血液型と妊娠
ニューヨークのアルバート・アインシュタイン医学校のエドワード・ネジャトが、不妊治療を受けている女性のグループに対して検査を行ったところ、O型の女性は他の血液型の女性よりも卵子の数が少なく、その質もあまりよくなく、それとは対照的に、A型の女性は卵子も多くその質も良好であることが判明した。[97]
これは560人の女性(平均年齢35未満)を対象とした研究で、O型の女性がA型の女性よりも高いレベルの「卵胞刺激ホルモン(FSH)」を持つ可能性が高いということが判明した。不妊治療の専門家からは、高いFSHレベルはその女性の卵子の数が少ないと見なされる。
A型の女性はA抗原(細胞表面を覆うタンパク質)を保有しているが、O型の女性にはこれがないため、このことも妊娠の確率に影響している可能性があると推測している。
ABO式血液型の変化
後天的な変化
ルイス式血液型では出生後に血液型は変化するがABO式では稀である。
- 白血病の治療などで造血幹細胞移植(骨髄移植)を行った場合には、移植したドナーの造血幹細胞によって血液を造り出すようになるため、原則としてドナーのABO式血液型に変わる。
- 骨髄性白血病などで、特定の抗原糖の産出が停止し、血液型が変わることがある。
- 細菌感染症で、細菌が出すジアセチラーゼにより抗原糖が変質し、血液型が変わることがある。
ただし、上述の病気や細菌感染症で変わることは非常に稀である。現在の知見では病気やその治療以外の原因で血液型が変化することは基本的にありえないので、病気や治療などの原因がないにもかかわらず献血等で血液検査を行ったときに血液型が異なっていた場合は、本人や親の単純な思い込みや新生児での血液検査が間違っていたと考えた方が良い。
輸血用ABO抗原の変更
(分泌型なら)唾液中からも血液型物質が検出できるのだが、すぐに調べればわかるのに数時間ほど放置してから調べると検出不能になる事例がかなり初期から知られており、さらに採集後すぐに加熱処理すれば長時間置いても検出できるため京城帝国大学の佐藤武雄らはこれを研究した結果「口腔内の細菌が唾液中の血液型物質を分解する」ということを発見した。これはすべての型を分解するものだったが1950年代に井関尚栄らが選択的にA・B・Oの各型質を選択的に分解する酵素を発見し、例えばB型血球にB分解酵素を使うとO型血球になることが分かった(O型血球はフコースを失い、ガラクトースだけの志賀赤痢菌などに見られる異性人血球抗体を持つ血球になった。)[98]。
上記の時点では輸血に使える代物ではなかったが、2007年4月にA型、B型、AB型の赤血球をO型に変えることのできる酵素の開発に米国のハーバード大学などの国際研究チームが成功した。O型の血液はボンベイ型を除く全ての血液型の人に輸血が可能であるため、この技術が確立すれば、輸血の際に血液型を考慮する必要がほとんどなくなることとなる[99]。
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脚注
参考文献
関連項目
外部リンク
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