キンブリ・テウトニ戦争
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キンブリ・テウトニ戦争(キンブリ・テウトニせんそう、Cimbri-Teutons War)は、紀元前113年から紀元前101年に渡って行われた、民族系統不明のキンブリ人、ゲルマン系の民族であるテウトニ人(チュートン人)を中心とした勢力と共和政ローマによる戦争を指す。
概要 キンブリ・テウトニ戦争, 交戦勢力 ...
キンブリ・テウトニ戦争 | |
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戦争:キンブリ・テウトニ戦争 | |
年月日:紀元前113年 - 紀元前101年 | |
場所:中欧・西欧・南欧(ノリクム/ガリア) | |
結果:共和政ローマの決定的勝利 | |
交戦勢力 | |
共和政ローマ | キンブリ族 テウトネス族 アンブロネス族 ティグリニ族 |
指導者・指揮官 | |
ガイウス・マリウス 大カエピオ グナエウス・マッリウス・マクシムス グナエウス・パピリウス・カルボ ルキウス・カッシウス・ロンギヌス † ルキウス・カルプルニウス・ピソ・カエソニウス † マルクス・ユニウス・シラヌス クィントゥス・ルタティウス・カトゥルス |
キンブリ軍 ボイオリクス王 † ルギウス † クラオディクス(捕虜) カエソリクス(捕虜) それ以外の軍勢 デウィコ王 テウトボド王(捕虜) |
戦力 | |
金額不明 | 金額不明 |
損害 | |
金額不明 | 金額不明 |
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英語圏では最も多数を占めたキンブリ人を指して、単にキンブリ戦争(Cimbrian War)とも呼ばれる。