セイラーンの三連祭壇画
ウィキペディア フリーな encyclopedia
『セイラーンの三連祭壇画』(セイラーンのさんれんさいだんが、蘭: Seilern-drieluik, 英: Seilern Triptych)として知られる『キリストの埋葬』(蘭: , 英: The Entombment)は、北方ルネサンス期の初期フランドル派の画家ロベルト・カンピンが1410年から1415年、あるいは1420年から1425年ごろに制作した絵画である[1][2][3][4]。油彩。ロベルト・カンピンの2点知られている三連祭壇画のうち最も古いもので、外側の翼の板絵は失われている。本作品は受難週の典礼に関連する図像である、キリストの受難の出来事を詳細に描いている。板絵に描かれた物語は左から右に展開し、キリストの受難のサイクルの3つの段階である、磔刑、埋葬、そして復活を描いている[5]。
オランダ語: Seilern-Drieluik 英語: Seilern Triptych | |
作者 | ロベルト・カンピン |
---|---|
製作年 | 1410年-1415年あるいは1420年–1425年ごろ |
種類 | 油彩、板 |
寸法 | 65.2 cm × 107.2 cm (25.7 in × 42.2 in) |
所蔵 | コートールド美術研究所、ロンドン |
カンピンは北方ルネッサンスの初期の創始者の1人であり[4]、油絵具の革新的な使用のために、生前から名声を得て成功したが、初期および近世にはほとんど忘れられていた。しかし19世紀後半に再発見されて以来、15世紀の最も重要な宗教画家の1人と見なされている。カンピンの生涯は、当時は比較的よく記録されているが、本作品の発注に関する記録は現存しておらず、高さ60センチ・横幅48.9センチというサイズは教会の祭壇画として機能するにはあまりに小さい。とはいえ、現存する最古のフランドル絵画の1つである。
『セイラーンの三連祭壇画』の影響は、ロヒール・ファン・デル・ウェイデン(おそらくカンピンの工房で師事した)、ディルク・ボウツ、クエンティン・マサイス、ピーテル・パウル・ルーベンスなどの主要画家の作品に見られる。『セイラーンの三連祭壇画』という名称は、1978年に死去した前所有者であるアントワーヌ・セイラーン(英語版)伯爵がコートールド研究所に遺贈したことにちなんで名づけられた。現在はロンドンのコートールド美術研究所に所蔵されている[6][7][8]。