十五里ヶ原の戦いウィキペディア フリーな encyclopedia 十五里ヶ原の戦い(じゅうごりがはらのたたかい)は、天正16年(1588年)8月、本庄繁長率いる上杉・武藤連合軍と東禅寺義長・勝正兄弟率いる最上軍との戦である。 概要 十五里ヶ原の戦い, 交戦勢力 ... 十五里ヶ原の戦い 戦争:戦国時代 年月日:1588年8月 場所:出羽国田川郡(現在の山形県鶴岡市) 結果:上杉・武藤連合軍の勝利 交戦勢力 上杉・武藤連合軍 最上軍 指導者・指揮官 本庄繁長大宝寺義勝 東禅寺義長 †東禅寺勝正 †池田盛周草刈虎之助 † 戦力 約5000人? 不明(一説に1万8000) 損害 不明 不明(2500人討死とも) 表示 閉じる 現在、「十五里ヶ原古戦場」として、山形県の指定文化財(史跡)となっている[1]。
十五里ヶ原の戦い(じゅうごりがはらのたたかい)は、天正16年(1588年)8月、本庄繁長率いる上杉・武藤連合軍と東禅寺義長・勝正兄弟率いる最上軍との戦である。 概要 十五里ヶ原の戦い, 交戦勢力 ... 十五里ヶ原の戦い 戦争:戦国時代 年月日:1588年8月 場所:出羽国田川郡(現在の山形県鶴岡市) 結果:上杉・武藤連合軍の勝利 交戦勢力 上杉・武藤連合軍 最上軍 指導者・指揮官 本庄繁長大宝寺義勝 東禅寺義長 †東禅寺勝正 †池田盛周草刈虎之助 † 戦力 約5000人? 不明(一説に1万8000) 損害 不明 不明(2500人討死とも) 表示 閉じる 現在、「十五里ヶ原古戦場」として、山形県の指定文化財(史跡)となっている[1]。