神経筋遮断薬
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抗精神病薬の旧称であり、紛らわしい名称の神経遮断薬(Neuroleptics)については「抗精神病薬」をご覧ください。 |
神経筋遮断薬(しんけいきんしゃだんやく、Neuromuscular blocking agents: NMBAs)は、神経筋接合部(英語版)での神経伝達を遮断し、影響を受けた骨格筋の麻痺を引き起こすものである[1]。これはシナプス後アセチルコリン受容体への作用によって達成される。
臨床では、神経筋遮断薬は全身麻酔下の手術時に、運動麻痺を人為的に起こすために使用される。この麻痺は、第一に声帯を麻痺させて気管挿管を可能にし[2]、第二に自発呼吸を抑制して骨格筋を弛緩させることにより術野を最適化するためである。このような用量の神経筋遮断薬は呼吸に必要な筋肉(横隔膜など)を麻痺させる可能性があるため、適切な換気を維持するために人工呼吸(機械換気)ができるようにしておかねばならない。
このクラスの薬剤は、手術中の患者の体動、呼吸、または人工呼吸器の同期障害(専門用語でファイティングと呼ばれる[3])を軽減し、腹腔鏡操作中の気腹圧を低くするのに役立つ。集中治療室での使用にも適応がある。気管挿管時の声帯損傷やその後の声のかすれ(嗄声)を軽減するのにも役立つ。さらに、肺機能の低下した患者の機械換気を容易にする上で重要な役割を果たす。
神経筋遮断薬による運動麻痺が起こった後でも、患者は痛みを感じ、意識を持っている可能性がある。したがって術中覚醒を防ぐために、全身麻酔薬および/または鎮痛薬も投与しなければならない。
歴史上、神経筋遮断薬は南米先住民が植物から抽出したエキスであるクラーレを毒矢として用いていたのを起源とする。このクラーレがヨーロッパに持ち込まれ、1942年に有効成分として単離されたのがツボクラリンである。神経筋遮断薬は細胞膜への作用機序により、脱分極性神経筋遮断薬と非脱分極性神経筋遮断薬に大別される。ツボクラリンは非脱分極性神経筋遮断薬に属する。脱分極性神経筋遮断薬の代表は1949年に開発されたサクシニルコリンであり、神経筋遮断薬にとって最も望ましい特性である、迅速な作用発現時間(英語版)と全ての筋弛緩薬の中で最短の効果時間を併せ持ち[4]、2023年現在も用いられている[5][6]。しかし、致死率の高い合併症である悪性高熱症のリスクがあり、筋線維束攣縮に伴う高カリウム血症など副作用も多い。一方、非脱分極性遮断薬はサクシニルコリン以降にパンクロニウムやベクロニウムなど、多くの合成薬が開発されたものの、作用時間が長く、調節性が悪いという欠点をもち、この点においてサクシニルコリンを越えられなかった。さらに、非脱分極性神経筋遮断薬の効果を打ち消すのに用いられるコリンエステラーゼ阻害薬は、神経伝達物質であるアセチルコリンを無差別に増加させて、神経筋接合部だけでなく、副交感神経の神経伝達も顕著に亢進させる副作用(徐脈や分泌物増加など)をもつ。この状況に変革をもたらしたのが、パンクロニウム・ベクロニウムよりも速い効果発現時間と短い作用時間を有するロクロニウム(2007年発売)と、ロクロニウムに選択的に結合することによって、ロクロニウムの効果を強力かつ迅速に消失させる薬剤、スガマデクス(2010年発売)の登場である。スガマデクスは従来用いられてきたコリンエステラーゼ阻害薬のような、副交感神経刺激作用が無く、副作用が少ない。サクシニルコリンは緊急時の気管挿管時は有用性が大きかったものの、ロクロニウムとスガマデクスの組み合わせに駆逐される可能性が大きいと言われている[7]。