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管理ライン
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管理ライン[1][2](かんりライン、LoC: Line of Control)とは、かつてのジャンムー・カシュミール藩王国の領域における、インドとパキスタンとの支配地域を分ける軍事境界線である。法的な国境ではないが、印パ間の事実上の国境として機能している。
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元々は停戦ライン(Cease-fire Line)と呼ばれていたが、1972年7月3日に署名されたシムラ協定によって「管理ライン」として再定義された。インドの支配地域はジャンムー・カシミール連邦直轄領およびラダック連邦直轄領(旧ジャンムー・カシミール州の一部)であり、パキスタンの支配地域はアザド・カシミールとギルギット・バルティスタン州に分かれている。管理ラインの最北端はNJ9842と呼ばれている。管理ラインの最南端からは、(法的に認められた)印パ国境が続いている。
管理ラインはカシミールを2つの部分に分割し、当時カシミール渓谷の唯一の出入口だったジェラム渓谷ルートを閉鎖した。 今日まで存在するこの領土区分は、多くの村を分断し、離散家族を生んだ[3][4]。
印パ間の管理ラインの東方には、インドと中華人民共和国の支配地域を分ける別の停戦ラインがあり、実効支配線(LAC: Line of Actual Control)と呼ばれている。
元米国大統領ビル・クリントンは、特にインド亜大陸とカシミールの管理ラインを、世界で最も危険な場所の一つと呼んだ[5][6]。