名人伝
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『名人伝』(めいじんでん)は、中島敦の短編小説。『列子』を主な素材として、弓の名人になることを志した紀昌の生涯を描く。1942年(昭和17年)、三笠書房の月刊誌『文庫』12月号に掲載された[1][2]。同月4日に中島は死去したため、生前最後の発表作となった。同時期の『李陵』『弟子』とは趣の異なる寓話風の掌編で、解釈が研究者の間でも分かれている。
概要 名人伝, 作者 ...
名人伝 | |
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作者 | 中島敦 |
国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
ジャンル | 短編小説、掌編小説 |
発表形態 | 雑誌掲載 |
初出情報 | |
初出 | 『文庫』1942年12月号 |
出版元 | 三笠書房 |
刊本情報 | |
収録 | 『中島敦全集 第1巻』 |
出版元 | 筑摩書房 |
出版年月日 | 1948年10月 |
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完成稿とは異なる鉛筆書きの草稿が残っている[3][1]。9月末に『文庫』編集部から依頼を受けた中島は、書き置いていた草稿をもとに1か月弱で完成稿を書き上げた[4]。一般に遺作とされる『李陵』と執筆時期が重なっているため、『名人伝』の方が、完成が後であり最期に書いた作品だとする推測もある[1]。戦後、1948年に筑摩書房第一次全集の第一巻に収録され刊行された。