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あすの世界と日本
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『あすの世界と日本』(あすのせかいとにっぽん)は、1975年10月5日[4]から1990年3月25日[5]まで日本テレビ系列局ほかで放送されていた教養番組である。日本シネセル(現・CNインターボイス)と日本テレビの共同製作。
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概要
作家の堺屋太一が司会を務めていた番組で、海外各国の経済発展の現状などを伝えるドキュメンタリー映像を堺屋の解説で紹介していた。日本広報センター (JIC) が企画を担当していたことから政府色が強く、番組の最後に政府広報のCMがPT(スポットCM)として放送されていた。
エンディングでは必ず、ブルーバックに「ご意見・ご感想をお寄せください。」と書かれたテロップを表示していた。また、当時同系列局で放送されていた番組(『スター誕生!』や『TVジョッキー』など)では宛先が「東京都麹町郵便局 私書箱○○○号(番組名によって私書箱番号が異なる)」と表示されるケースが殆どだったのに対し、この番組は当時の日本テレビ本社所在地(東京都千代田区二番町14[注釈 1])を宛先に指定していた。また、当時同系列局で放送されていた『それは秘密です!!』や『カックラキン大放送!!』も、この番組と同じ所在地を宛先に指定していた。
番組は1990年春の改編を機に終了し、14年半の放送に幕を閉じた。その後も日本広報センターと日本シネセルと日本テレビの3社は『小朝の地球時代』と『徳光の「地球時代です」!』の共同製作を行っていた。
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放送時間
いずれも日本テレビの時間帯とする(出典:[6])。
放送局
![]() | この節の加筆が望まれています。 |
特筆の無い限り全て同時ネット。
- 日本テレビ(制作局)
- 札幌テレビ[注釈 3]:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月5日 - 1976年3月28日) → 日曜 7:30 - 8:00(1976年4月4日 - 1984年4月1日) → 日曜 7:00 - 7:30(1984年4月8日 - 1990年3月25日)[7]
- 青森放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- テレビ岩手:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 秋田放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 山形放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- ミヤギテレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 福島中央テレビ:日曜 9:00 - 9:30(1975年10月開始時点)[8]
- 山梨放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 北日本放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8] → 日曜 8:00 - 8:30(1978年時点)[9]
- 福井放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 中京テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 読売テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 日本海テレビ:日曜 9:00 - 9:30(1975年10月開始時点)[8]
- 広島テレビ:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]。日曜9:30時代は同枠で広島市提供の自社制作番組『サンデーリポートひろしま』を放送のため、7:00 - 7:30に先行ネット[10]
- 山口放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 四国放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 西日本放送:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
- 南海放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 高知放送:日曜 10:30 - 11:00(1975年10月開始時点)[8]
- 福岡放送:日曜 10:00 - 10:30(1975年10月開始時点)[8]
脚注
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