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アイトール・ララサバル

スペインのサッカー選手・監督 ウィキペディアから

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アイトール・ララサバル・ビルバオAitor Larrazábal Bilbao1971年6月21日 - )は、スペインバスク州ルフア出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。ポジションはディフェンダー。現在はSDログロニェスの監督を務める。

概要 アイトール・ララサバル, 名前 ...

現役時代は、アスレティック・ビルバオのみで公式戦440試合以上に出場したワン・クラブマンであり、同クラブではPKキッカーを任されていたほどのシュート精度を持つ[1]。また、PKの影響もあり、ラ・リーガでは13シーズン連続で得点を挙げた[2]

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選手経歴

ララサバルはバスク州ビルバオにあるルフア地区に生まれ、11歳の時にアスレティック・ビルバオカンテラに加入した。1989-90シーズン、リザーブチームでプロデビューを果たした。このデビューシーズン、ララサバルは18歳だったが、リーグ戦36試合に出場して1ゴールを挙げた。

1990年9月2日、CDテネリフェとのリーグ戦でトップチームデビューを飾った[3]。この1990-91シーズンも1部デビューシーズンながら20試合に出場し、翌1991-92シーズンから正式にトップチーム昇格が決まった。1997-98シーズン、ララサバルはキャリアハイとなるリーグ戦7ゴールを挙げ、チームのリーグ準優勝に大きく貢献した。このシーズンにリーグ準優勝したことで、アスレティック・ビルバオは翌シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ出場権を獲得した。

1998-99シーズン、ララサバルはキャリア初となるCL出場を果たした。グループリーグはユヴェントスFCローゼンボリBKガラタサライSKと同組だったが、1勝3分2敗の成績でギリギリのグループリーグ突破を成し遂げた。ララサバルは、第2節のローゼンボリ戦での一発退場以外は全試合にスタメンフル出場をし、グループリーグ突破に貢献した。GL突破を決めたアスレティック・ビルバオだったが、ベスト16のFCディナモ・トビリシ戦で2試合合計3-1と完敗し、アスレティック・ビルバオは大会敗退が確定した[4][5]

2000-01シーズン、Bチームからアシエル・デル・オルノがトップチームに昇格してくると、徐々に出番を奪われ始め、32歳となった2003-04シーズン終了後に現役引退を発表した[6]

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監督経歴

ララサバルは現役引退後、すぐに指導者に転向し、2009年からセグンダ・ディビシオンBSDレモーナの監督に就任にして指導者キャリアをスタートさせた。レモーナでは、クラブをリーグ戦6位に引っ張り、セグンダ・ディビシオン昇格プレーオフまであと一歩のところまで到達した。レモーナでの2シーズン目、クラブをコパ・フェデラシオン準優勝に導き[7]、シーズン終了後にアスレティック・ビルバオのスポーツディレクター職に誘われ、SDに就任した[8][9]

2016年4月、セグンダBのマルベジャFC監督に就任した[10]。しかし、わずか3ヶ月で解任され、解任後すぐにSDアモレビエタの監督に就任[11]

2017-18シーズンと2018-19シーズンはバラカルドCFを率いた[9][12]。2018-19シーズンにはリーグ38試合18勝7分13敗の成績でセグンダ昇格プレーオフ出場を果たしたが、2部昇格には至らなかった。

2019-20シーズンはサラマンカCF UDSの監督に就任するも、2020年2月、成績不振によって解任された。

2020年6月30日、再びバラカルドCFの監督に就いた[13]

2022年6月、ゲルニカ・クラブの監督に就任した[14]

2023年12月26日、SDログロニェスの監督に就任した[15]

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人物

実子のガイスカ・ララサバルも同じくサッカー選手である。2019-20シーズンにはアスレティック・ビルバオでもプレーし、現在はカーザ・ピアACに所属している[16][17]

個人成績

クラブ

2021年3月9日現在[18]
さらに見る クラブ, シーズン ...

監督

2023年5月27日現在[19]
さらに見る クラブ, 就任 ...
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関連項目

脚注

外部リンク

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