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アカントアメーバ

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アカントアメーバ
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アカントアメーバは、アメーボゾアディスコセア綱アカントポディダ目アカントアメーバ科に分類されるアメーバの1属であるアカントアメーバ属学名: Acanthamoeba)のこと、またはこれに含まれる生物のことである。単細胞性のアメーバであり、葉状仮足によって運動し、先細のトゲ状の副仮足を多数形成する(図1)。属名の acanth- は、ギリシア語で「トゲ」を意味し、この副仮足の形に由来する[6][7]。生育条件が悪化すると、2層からなる細胞壁で囲まれたシスト(耐久細胞)を形成する。淡水から土壌に生育し、基本的には細菌などを捕食する自由生活性であるが、一部の種はヒトに日和見感染して角膜炎アカントアメーバ角膜炎)や脳炎肉芽腫性アメーバ脳炎)を引き起こす。

概要 アカントアメーバ属, 学名 ...
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特徴

アメーバ細胞(栄養体、トロフォゾイト)の大きさはふつう12–40マイクロメートル (µm)、葉状仮足は透明、ゆっくり噴出状に形成され、ときに分岐する[4][8][9](図1, 2a)。葉状仮足の前縁などからは先細のトゲ状の副仮足(棘状仮足[10] acanthopodia)が多数形成される[4][6][8][9](図1, 2a)。後端にウロイドが形成されることがある[4][8]。細胞質に結晶性顆粒は見られないが、しばしば小さな脂質顆粒を有する[4][8]。細胞内には食胞収縮胞が目立つ[4][8][9]は1個、球形、中央に核小体が1個存在する[4][9](図1, 2)。アメーバ細胞は二分裂によって増殖する[6]。液体培地中で撹拌しながら培養すると多核細胞が生じやすく、自然界でも基質から離れて水中を浮遊する細胞が多核になりやすいと推定されている[7]。浮遊状態の細胞は散布体としての役割をもち、多核状態であることは定着後の増殖に有利となる可能性があるとされる[7]

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2a. 栄養体(スケールバー = 10 µm)
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2b. シスト(スケールバー = 10 µm)

有機物の欠乏、乾燥、不適な温度やpHなどの条件により、ふつう耐久細胞であるシスト(包嚢、嚢子、cyst)が形成される[4][7][9]。シストは直径 5–20 µm、単核性、ふつう外壁(ectocyst)と内壁(endocyst)の2層の細胞壁で囲まれ、蓋(operculum)のある開口部が存在する[4][6][7][9](図2b)。シスト壁は、おもにキチンセルロースからなる[7]。シストは耐久性が高く、乾燥状態で21年間、4°Cの水中で24年間生存した例が報告されており、また殺菌剤、塩素化剤、抗生物質に対して耐性を示す[7]

アカントアメーバはふつうアメーバ細胞(栄養体)とシストからなる単純な生活環を示すが、例外的に、Acanthamoeba pyriformis は柄と1個の胞子からなる子実体(スポロカルプ)を形成する[11]。このため、Acanthamoeba pyriformis は、原生粘菌に分類されていた(Protostelium pyriformis[11]

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生態

淡水から土壌に生育しており、特に土壌においては最も普遍的なアメーバの属の1つとされる[4][6][注 1]。池、湖、河川、下水、土壌、堆肥などのほか、水道、プール、エアコン、病院、ヒトの体上などからも見つかる[6]。健康なヒトの多くがアカントアメーバに対する抗体を持っていることが報告されており、ヒトに暴露されやすい普遍的な生物であることを示している[6]シストは空気中を散布されることがある[6]

アカントアメーバは、食作用および飲作用によって細菌藻類酵母、微小な有機粒子などを活発に取り込む[6][7]。アカントアメーバはセルラーゼキチナーゼなどさまざまな分解酵素をもち土壌中の有機物分解に寄与し、微生物環の一部を構成する[6][7][12]。 アカントアメーバなどのアメーバ類は、細菌捕食者として、土壌生態系の細菌群集の動態に大きく影響している[13]。アカントアメーバでは、取り込まれた細菌が消化されずに細胞内にとどまり、共生細菌となる例が多く知られている[13]下記参照)。

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病害

要約
視点

アカントアメーバは基本的に自由生活性であるが、いくつかの種はヒトに日和見感染し、角膜炎や脳炎などを引き起こすことがある[7][14]

アカントアメーバ角膜炎

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3. アカントアメーバ角膜炎

アカントアメーバ属の一部の種(Acanthamoeba castellaniiA. polyphaga など)は、角膜の小さな傷から侵入して角膜炎を引き起こすことがあり、このような角膜炎はアカントアメーバ角膜炎[15]Acanthamoeba keratitis, AK)とよばれる[7][16](図3)。症状としては結膜の充血、浮腫、異物感、視界のぼやけ、視力低下、羞明、重度の眼痛などを引き起こし、治療が不十分であると角膜穿孔や融解に至り、失明することもある[7][17][18]。初期には放射状角膜神経炎や偽樹枝状病変がみられ、病状が進行すると角膜浸潤(輪状や円盤状に白く濁る)を呈する[17][19]。アカントアメーバ角膜炎は、1965年に初めて報告された[7]。現在では世界中でみられ、感染者数は毎年120–300万人に達するとされ、日本でも毎年数百例が報告されている[16]。裸眼においても発症することがあるが[20]、特にコンタクトレンズの普及とともに症例が増えている[7][21][22][23][24]。コンタクトレンズの使用は角膜に軽度の擦過傷を引き起こしやすく、また水道水の使用や容器・消毒液の汚染によって感染のリスクが大きくなる[7]。症状は角膜ヘルペスなどと類似しており、顕微鏡観察や培養検査、DNA検出によって鑑別する必要がある[17][18]。効果的な治療薬はなく、角膜中の病巣部を掻き出し、クロルヘキシジングルコン酸塩点眼や界面活性剤である塩酸ポリヘキサニド(PHMB)などによって消毒する[17][18]。抗原虫薬や抗真菌薬を用いることもある[18][19]。重度の場合には、感染巣を切除し、角膜移植を行なう[17][18]

肉芽腫性アメーバ脳炎

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4. アカントアメーバ(遺伝子型T18)による肉芽腫性アメーバ脳炎のMRI

アカントアメーバ属の一部および近縁なアメーバである Balamuthia mandrillaris は、口や鼻、外傷からヒトの体内に侵入し、血行によって伝播して中枢神経へ感染、肉芽腫を形成することがある[7][25][26](図4)。中枢神経系への侵入機構は不明であるが、血液脳関門の突破や嗅上皮を介した侵入が想定されている[7]。このような病害は、肉芽腫性アメーバ脳炎(granulomatous amebic encephalitis, GAE)とよばれる[7][25][27]。頭痛、発熱が徐々に強くなり、さまざまな神経症状(精神状態の変化、発作、錯乱幻覚複視運動失調など)が現出し、昏睡に陥る[7][25]。慢性または亜急性に推移し、死亡率は90%に達する[7][25][28]。肉芽腫性アメーバ脳炎は日和見感染であり、健常人はアカントアメーバなどに対するある程度の抗体価をもつため発症には至らないが、免疫不全糖尿病悪性腫瘍全身性エリテマトーデスなどの基礎疾患をもつと感染リスクが高くなる[7][25]。肉芽腫性アメーバ脳炎は1974年に初めて報告され[7]、日本での初例は1976年である[25]。診断には、頭部CTまたはMRI、PCR法によるDNA検出、髄液からのアメーバ検出、皮膚のただれまたは脳の病変の生検が用いられる[25][27]。治療に関しては、ミルテホシンアムホテリシンBミコナゾールペンタミジンスルファジアジンまたはスルファメトキサゾール・トリメトプリムフルシトシン、アゾール系薬剤(フルコナゾールなど)、リファンピシンなどを経口、静注により同時、大量投与するが、致死率が高い[25][27]

その他の疾患

まれであるが、アカントアメーバは皮膚アカントアメーバ症(cutaneous acanthamoebiasis, CA)とよばれる皮膚疾患や、アカントアメーバ肺炎(Acanthamoeba pneumonia, AP)とよばれる肺感染症を引き起こすこともある[7]

共生細菌

アカントアメーバの細胞内には、レジオネラ菌シュードモナス属マイコバクテリウム属黄色ブドウ球菌などさまざまな細菌共生しうることが知られている[13][29][30]。共生細菌とアカントアメーバの関係は多様であり、相互に有益である例(相利共生)もあるが、宿主細胞内で増殖してこれを破壊する例(寄生)もある[13]。このような共生細菌の中には、ヒトの病原体となるものもおり、潜在的な病原体の温床・供給源となることが懸念されている(トロイの木馬に例えられる)[13][31][32]。共生細菌は、アカントアメーバ細胞内にあることでより保護され、またより増殖する例も示されている[13][32]

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分類

要約
視点

1930年、Aldo Castellani酵母培養株に混在していたアメーバを発見し、このアメーバは Douglas (1930) によって Hartmannella castelanii として記載された[6][9][33]。翌年、Volkonsky (1931) によってアカントアメーバ属(Acanthamoeba)が提唱され、Hartmannella castelaniiAcanthamoeba castelanii とされた[6][9]

アカントアメーバ属には、シストの特徴などに基づいて30種ほどが知られている[4][7](表1)。古典的な分類として、Pussard & Pons (1977) は、形態的特徴に基づいてこれらの種を以下の3つのグループ (I–III) に分類した[7](表2)。ただし、のちの分子系統解析からは、この分類は系統関係を反映したものではないことが示されている[34]

表1. アカントアメーバ属の種[9][35][36][37]

表2. アカントアメーバ属内の古典的な分類[7]

グループI
シストの直径は平均 18 μm 以上。シストの内壁と外壁が分離しており、外壁は平滑またはわずかにしわがあり、原形質が星型。Acanthamoeba astronyxisAcanthamoeba comandoni など。
グループII
シストの直径は平均 18 μm 以下。シストの内壁と外壁はふつう分離しており、外壁は波状、原形質の外形は多様。Acanthamoeba castellaniiAcanthamoeba polyphagaAcanthamoeba rhysodesAcanthamoeba griffini など。
グループIII
シストの直径は平均 18 μm 以下。シストの外壁は薄くときに確認しづらく、原形質はほぼ球形。Acanthamoeba healyiAcanthamoeba culbertsoni など。

20世紀末から、アカントアメーバ属の分類には分子形質(おもに18S rRNA 遺伝子)が用いられるようになった[7]。これにより、医療分野で求められていた迅速な同定が可能になった[7]。2023年時点で、分子形質に基づきアカントアメーバ属の種は23個の遺伝子型(T1–T23)に分けられている[7](表3, 図5)。形態形質に基づくいくつかの種(Acanthamoeba castellanii など)は複数の遺伝型に別れること(多系統群)が示されており(表3)、種分類が不完全であることを意味している。

さらに見る 遺伝子型, 例 ...
アカントアメーバ属

T19 Acantamoeba micheli

T13 Acantamoeba sp.

T16 Acantamoeba sp.

T15 Acantamoeba jacobsi

T22 Acantamoeba sp.

T21 Acantamoeba pyriformis

T9 Acantamoeba comandoni

T7 Acantamoeba astronyxis

T8 Acantamoeba tuiashi

T17 Acantamoeba sp.

T18 Acantamoeba byersi

T5 Acantamoeba lenticulata

T2 Acantamoeba pustulosa, A. palestinensis

T6 Acantamoeba hatchetti, A. palestinensis

T10 Acantamoeba culbertsoni

T12 Acantamoeba healyi

T14 Acantamoeba sp.

T23 Acantamoeba sp.

T1 Acantamoeba castellanii

T19 Acantamoeba sp.

T20 Acantamoeba sp.

T3 Acantamoeba griffini

T11 Acantamoeba stevensoni

T4

T4E Acantamoeba polyphaga

T4D Acantamoeba divionensis, A. mauritaniensis, A. royreba, A. rhysodes

T4F Acantamoeba triangularis

T4C Acantamoeba sp.

T4G Acantamoeba castellanii

T4B Acantamoeba culbertsoni

T4A Acantamoeba castellanii, A. quina, A. lugdunemsis

5. アカントアメーバ属内の系統仮説[7][34][35]

アカントアメーバ属に類似したとして、プロトアカントアメーバ属(Protacanthamoeba Page, 1981)が知られている[8][47]。アメーバ細胞の特徴はアカントアメーバ属と同一であるが、シストに孔や蓋をもたない点で区別される[8][47][48]

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脚注

外部リンク

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