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ジェイムズ・セシル (初代ソールズベリー侯爵)
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初代ソールズベリー侯爵ジェイムズ・セシル(英: James Cecil, 1st Marquess of Salisbury,KG, PC、1748年9月4日 - 1823年6月13日)は、イギリスの貴族、政治家。妻エミリー・セシルの社交界での貢献により、彼自身も政界で出世した。
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経歴
1748年に第6代ソールズベリー伯爵ジェームズ・セシルとその夫人エリザベスの長男として生まれる[1]。
イートン校を卒業。1771年から1823年にかけてハートフォードシャー総督を務めた。1773年から1815年にかけてハートフォードシャー軍に大佐として勤務する[1]。
1774年にグレート・ベッドウィン選挙区からトーリー党候補として出馬して庶民院議員に当選する。1780年9月にはランセストン選挙区に転じたが、同月に父の死により第7代ソールズベリー伯爵位を継承し、貴族院議員に転じた[1]。
1780年から1782年にかけて王室会計局長官を務める。1783年から1804年にかけては宮内長官を務めた。その間の1789年にグレートブリテン貴族爵位ソールズベリー侯爵位を与えられた。1816年から1823年まで郵政長官を務めた[1]。
1823年6月13日に死去。74歳だった。爵位と家督は長男ジェイムズが継承した。
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栄典
爵位
1780年9月18日の父ジェームズ・セシルの死去により以下の爵位を継承した[1][2]
- 第7代ソールズベリー伯爵 (7th Earl of Salisbury)
- 第7代クランボーン子爵 (7th Viscount Cranborne)
- エッセンドンの第7代セシル男爵 (7th Baron Cecil of Essendon)
1789年8月18日に以下の爵位を新規に叙された[1][2]。
- 初代ソールズベリー侯爵 (1st Marquess of Salisbury)
- (勅許状によるグレートブリテン貴族爵位)
勲章
名誉職その他
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家族

エミリー・メアリー・ヒル(初代ダウンシャー侯爵ウィルズ・ヒルの娘)と結婚し、彼女との間に以下の4子を儲けた[1]。首相小ピットはエミリーの社交界での貢献を評価して、1783年にジェイムズを宮内長官に任命し、1789年に彼を伯爵から侯爵に昇叙させたという[3]。
- 第1子(長女)キャロライン・セシル嬢 : 夭折
- 第2子(次女)ジョージアナ・シャーロット・オーガスタ・セシル嬢(1786年-1860年) : 初代カウリー男爵ヘンリー・ウェルズリーと結婚。
- 第3子(三女)エミリー・アンナ・ベネット・エリザベス・セシル嬢(1789年-1858年) : 初代ウェストミーズ侯爵ジョージ・ニュージェントと結婚。
- 第4子(長男) ジェイムズ・ブラウンロー・ガスコイン=セシル(1791年-1868年) : 第2代ソールズベリー侯爵位を継承
出典
外部リンク
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