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ダグ・クリスティ
アメリカのバスケットボール選手 ウィキペディアから
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ダグ・クリスティ(Doug Christie)ことダグラス・デール・クリスティ(Douglas Dale Christie、1970年5月9日 - )はアメリカ合衆国ワシントン州シアトル出身のバスケットボール選手。NBAのサクラメント・キングスなどで活躍し、現在はアシスタントコーチを務めている。身長198cm、体重91kg。主なポジションはシューティングガード。
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経歴
1992年のNBAドラフトで地元のシアトル・スーパーソニックスから全体17位で指名される。しかし契約交渉が難航し、結局シアトルでは一度もプレーすることなくロサンゼルス・レイカーズに放出された。レイカーズでは出場時間に恵まれず、翌シーズンにニューヨーク・ニックスに放出されたが、イースタン屈指の強豪であったスター揃いのニックスでもやはり出場時間には恵まれず、シーズン途中で新設された直後のトロント・ラプターズへ放出された。
控えガードとしての起用が続いたクリスティであったが、1998年にチームがチームの若手司令塔デーモン・スタウダマイアーをトレードで放出すると、クリスティは先発ポイントガードとして起用されるようになった。198cmとポイントガードとしてはかなり大柄なクリスティではあったが、当時はNBA全体でもロン・ハーパーのような守備型ポイントガードが好まれた時代であった。2000年、再びトレードによってサクラメント・キングスに移籍した。
クリスティの才能はキングスにて開花。先発シューティングガードの地位を掴み、リーグを代表するディフェンダーに成長を遂げ、初めてNBAオール・ディフェンシブの2ndチームに名を連ねることになった。また、この時期は3ポイントシュートの精度も向上し、リーグ屈指のシューターとして名を知られるようにもなった。この時期のキングスにはクリス・ウェバー、ブラデ・ディバッツ、ペジャ・ストヤコビッチ、マイク・ビビーなどの才能ある選手が揃い、西部屈指の強豪チームとなっており、クリスティのキャリアの絶頂期でもあった。
2005年1月、クリスティはカッティーノ・モブリーとのトレードでオーランド・マジックに移籍[1]。しかしクリスティはこのトレードに不満で数試合出場したのみでオーランドから放出された。翌シーズンは優勝を目指すダラス・マーベリックスと1年契約を結んだが、出場試合には恵まれず、2006年12月に解雇。2007年、ロサンゼルス・クリッパーズと10日間契約を結んだが[2]、それ以降契約を更新することはできなかった[3]。
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引退後
2021年からサクラメント・キングスのアシスタントコーチを務めていたが、2024年12月にマイク・ブラウン HCが成績不振で解任されたことで、暫定HCを務めることとなった[4]。
個人成績
レギュラーシーズン
- 1998-99シーズンは50試合で打ち切り
プレーオフ
人物
- リーグを代表するディフェンダーであり、オールディフェンシブ1stチームに1度、2ndチームに3度選出されている。相手エースとマッチアップし、得点を封じ込めるエースキラーとして活躍した。また、ボールハンドリングやパスセンスにも優れており、状況に応じてポイントガードを務めることもあった。シュートタッチも良く、3ポイントシュートの名手としても知られていた。
- 2009年2月、サクラメント・キングス時代のチームメイト、クリス・ウェバーの永久欠番の式典に出席した際には涙を流す様子が放送された。
- 恐妻家として知られている。
脚注
外部リンク
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