情報の真正性を検証すること ウィキペディアから
ファクトチェック(英: fact-checking)は、情報の正確性・妥当性を検証する行為。事実検証または事実確認とも呼ばれる。
ファクトチェックは検証対象となる情報が公表される前(ante hoc)または後(post hoc)に行われる[1]。
公表前のファクトチェックは、情報公開の準備の一環として位置づけられ、文中の不備を解消し、また公表の基準を満たさない情報を却下する目的で行われる。これに対し公表後のファクトチェックは、しばしば外部の独立したファクトチェック機関によって行われ、公表された情報の正確性・妥当性を独自指標を使って視覚的に判定することが多い。公表後のファクトチェック機関の例として、ペンシルベニア大学が運営するFactCheck.org、ワシントン・ポスト紙がサイト内で運営するファクトチェック企画のFact Checker(ピノキオのマーク数で真偽を視覚化)、タンパベイ・タイムズ紙が運営するポリティファクト("TRUTH-O-METER"と呼ばれる6段階評価)などが挙げられる。
2008年アメリカ合衆国大統領選挙を対象に、ボストン大学の政治学者ミシェル・アメイジーンはポリティファクト、FactCheck.org、Fact Checker (ワシントン・ポスト) の3サイトを比較した。その結果、大半の真偽判定が一致した[2][3]。
しかし、マサチューセッツ大学ローウェル校およびカリフォルニア州立大学サクラメント校の政治学者による2015年の分析では、ファクトチェック機関によってファクトチェックの対象が異なり、その真偽判定の結果についても相当の差異が認められると結論付けている。その結果、「相反する情報が錯綜する中、一般市民がどの情報を信じるべきかを判断するにあたり、ファクトチェック機関がもたらす効用には限界がある」としている[4]。
2017年5月に発表されたスタンフォード大学博士課程の論文では、ファクトチェック機関によって取り上げる検証対象が異なる点が指摘された。ポリティファクトが実施した1065本の真偽判定と、Fact Checkerが実施した240本を照合した結果、2サイトが共に真偽判定したのは70本であった。またこの重複70本のうち、真偽判定の結果も一致したのは56本 (80%) であった。すなわち2サイトが同一の対象を真偽判定すると、5回に1回の確率で判定結果が異なることを意味する[5]。
ボストン大学のアメイジーンによると、ファクトチェックは情報の発信者、受信者双方の行動に影響を与えている。情報の発信者はファクトチェックを意識して、より慎重に発言するようになった。また情報の受信者は情報の信憑性を見極めるようになり、物議を醸し出すトピックに関し訂正情報が出されても動じないようになった。いわゆるネガティブキャンペーンのような批判的な報道・宣伝を信じていた受信者も、正しい訂正情報が出されるとその結果を受け入れる傾向を示した。そして自分と同じ考えを持つ発信者からの情報であっても、その発信内容が間違っていれば、受信者は発信者に対する評価を変える傾向がある[6]。
ファクトチェックの結果、不正確な情報だと判定されると、その情報を信じていた一部の支持者はファクトチェック結果を否定し、逆に支持を強めるという所謂「バックファイヤー効果」 (backfire effect、裏目効果) が生じると指摘されている。
2015年に米ダートマス大学のナイアンと英エクセター大学のライファーは、インフルエンザワクチンに関する誤解を否定する情報をアメリカ疾病予防管理センター (CDC) がサイトに掲載した件について調査を行った。CDCの報道により、インフルエンザワクチンの接種によって逆にインフルエンザに罹患するという誤解や懸念が大幅に低下した。しかし一方で、ワクチン接種の副作用に高い関心・懸念を抱く一部の層の間では、逆にインフルエンザワクチンの接種を控える傾向が強まった[7]。このバックファイヤー効果はワクチン接種への懸念が元々低かった層の間では見られなかった[8]。
しかし、このバックファイヤー効果は極めて限定的だとする見解もある。2016年にオハイオ州立大学とジョージワシントン大学の研究者が行った調査では「自分の信条を揺るがす新事実が提示されると、概して人々はその事実を受け入れている」と結論付けている。[9]
また2016年アメリカ合衆国大統領選挙におけるドナルド・トランプ候補支持者を対象にしたナイアンらの研究[10]でも、バックファイヤー効果は限定的との結果が提示されている。この研究は「アメリカで凶悪犯罪が大幅に増加している」とトランプ候補が2016年7月に演説した内容を検証対象としている。その後「犯罪は長期に渡って大幅に減少し続けている」とするFBIの公式データを被験者に提示したところ、凶悪犯罪が増加していると答えた割合は、トランプ候補支持者が77%から45%に、また対立候補のヒラリー・クリントン支持者は43%から32%に減少した。
アリゾナ州立大学が2015年に発表した分析によると、政治キャンペーン広告の信憑性にファクトチェックの結果が影響するとされる[11]。
またパリ経済学校とパリ政治学院の経済学者は、2017年フランス大統領選挙期間中にマリーヌ・ル・ペン候補が発信した情報に関して有権者がどのような反応を示したかオンライン調査を行った。これによると、ル・ペン氏から誤った情報が発信された時点では「有権者の説得に成功した」が、「ファクトチェック後に説得力を失い」、しかしながら「ファクトチェック後も有権者からの支持は低下しなかった」[12]。
シカゴ大学が運営するThe Journal of Politicsに発表された2017年のカリフォルニア大学サンディエゴ校の調査によると、「市民は支持政党への信頼を揺るがすような新たな事実をも常に取り入れ、自身の政治信条をより適切な方向に転換し続けている。ただしその軌道修正は慎重に行われ、時としてバイアスがかかることもある。また、特定の政党支持者層と支持政党なしの層を比較すると、政治信条を転換する過程において、バイアスのかかり方は同程度だった」と結論付けた[13]。
イェール大学の政治学者ペニークックとランドが行った調査によると、フェイスブック上でフェイクニュースのタグが付けられた投稿は「タグがつけられていない投稿と比較して、人々の間で徐々にではあるが大幅に情報の正確性を低下させる傾向にある」とされる[14]。
ダートマス大学のナイアンらが行ったフェイスブックのタグ研究では、上述のイェール大学の結果以上の大きな影響が指摘された。不正確なニュース記事に「係争中」のタグが付けられると、その記事を正確だと信じる人が29%から19%に低下した。また「不正確」のタグが付けられた場合では、16%まで低下した[15]。
上述のイェール大学の研究では、26歳未満のトランプ候補支持者についても調査を行っている。フェイクニュースにタグを付けたものと付けないものの2種類を提示して比較したところ、タグの付いていないフェイクニュースを信じる割合が増えた。当調査では、バックファイヤー効果が生じていると結論付けている[14]。
Psychological Scienceに発表された2017年の研究[16]では、誤報を減らし効果的に訂正する方法を提唱している。
ナイアンらが実施した2015年の調査によると、ファクトチェックによって政治家が誤報を流す抑止になりうることが指摘されている。誤報を拡散することにより、発言者の政治的信頼度を下げるリスクやダメージが高まるため、ファクトチェックは政治論争の質の改善に寄与するとしている。この調査では、政治家に「発言の信憑性が問われると有権者からの信頼度を失墜し、再選に悪影響を及ぼす」という旨の警告の手紙を送った。この警告を受け取った政治家は、受け取らなかった政治家と比較して、ファクトチェック機関から批判的な評価を受ける割合が大幅に低かった。よってファクトチェックは無言の脅威として政治家に受け止められ、不正確な情報発信の抑止につながると結論付けている[17]。
テネシー大学チャタヌーガ校の学者は、ファクトチェックの結果によって選挙討論の視聴者は候補者への評価を変えるかについて検証を行った。「候補者の発言は正確・誠実であるとファクトチェック機関が判定すると、その候補者の得票率が大幅に高まる」との結果が出た[18]。
また、2016年アメリカ大統領選挙におけるトランプ候補支持者を対象にしたナイアンらの調査によると、トランプ候補の不正確な発言がファクトチェックによって明らかになることで、発言に対する支持者の信頼度が低下した。しかしながら、トランプ候補支持の態度そのものには変化が見られなかった[19]。
政治にまつわるファクトチェックはしばしば「主観的な論説ジャーナリズム」(opinion journalism) だと批判されることがある[20][21]。
2016年9月にアメリカの世論調査会社ラスムッセンが実施した全国規模の電話およびオンライン調査によると、「候補者の発言をファクトチェックするメディアを信じる有権者はわずか29%に留まった。これらのファクトチェック機関は支持候補を擁護するために事実を歪曲していると回答した有権者は62%に上った」[22][23]。
米デューク大学のReporters' Labは、世界各国のファクトチェック実施機関をデータベース化している[24]。2017年10月時点で当サイトに登録されている活動中の機関は129、活動停止中は63ある[25]。
公表前にファクトチェックを行うことで、提訴や名誉棄損といった重大かつ高額コストを伴うリスクを回避することができる。ただし、ファクトチェック実施者の主な役割は情報の不備を発見することであり、マスコミ不祥事に関与する者を擁護することではない。
過去に公表前ファクトチェックに従事したと報じられた人物の一覧。多くはその後、ジャーナリズムの別ポジションに進むか、またはフリーライターの道を歩んでいる。
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