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ブノワ・アスー=エコト
カメルーンのサッカー選手 ウィキペディアから
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ブノワ・アスー=エコト(Benoît Assou-Ekotto, 1984年3月24日 - )は、フランス・パ=ド=カレー県アラス出身のサッカー選手。ポジションは左サイドバック。ユニフォーム登録名はASSOU-EKOTTO。
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経歴
RCランス
2004年3月28日のパリ・サンジェルマンFC戦でプロデビュー。
トッテナム・ホットスパー
ランスでの活躍を経て2006年夏、トッテナム・ホットスパーFCへ移籍。移籍金は350万ユーロ(約4.6億円)。入団当初は、膝の故障に悩まされ、同ポジションであった李榮杓の後塵を拝していた。しかし、李榮杓の退団とガレス・ベイルの不振も重なった2008-09シーズンからレギュラーを確保し、以前から指摘されていた守備面も改善された。2009-10シーズン初戦のリヴァプールFC戦でプロ初ゴールを決めた。豪快な左足でのシュートであった。ベイルのブレイク後もポジションを確保し(ベイルは左サイドハーフが主戦場となった)、近年のトッテナム躍進の立役者のひとりとなっていた。
2013-14シーズンよりクイーンズ・パーク・レンジャーズFCにレンタル移籍。
代表
生まれも育ちもフランスで、フランス代表入りを選択する事も出来たが、フランス代表にはパトリス・エヴラ、ガエル・クリシー、エリック・アビダルなどの実力者がおり、既に左サイドバックの層は埋まっていたため、両親の祖国であるカメルーン代表入りを選択。2009年2月11日のギニア戦でデビューを飾った。すぐさまレギュラーを確保し、2010 FIFAワールドカップのエントリーメンバーにも選出されたが、3戦全敗でグループリーグ敗退の屈辱となった。2014 FIFAワールドカップのエントリーメンバーにも選出されたが、クロアチア戦ではバンジャマン・ムカンジョに対し、頭突きを見舞う愚行を行い、退場処分は下されなかったものの、次戦のブラジル戦はスタメンから外され、チームも前回に引き続き3戦全敗でグループリーグ敗退の屈辱となった。
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人物・プレースタイル
- 左サイドバックとして左サイドでプレイすることが大半である。サイドバックながらも、長短を織り交ぜたパスなどで創造的なプレーをする[1]。オーバーラップが頻繁な超攻撃的サイドバックで、クロスボールの精度も欧州随一との呼び声も高い。
- 地元新聞の連載コラムやロングインタビューにも積極的に取り組んでおり、独自のサッカー観や意見を述べている。スタジアムへは未だに地下鉄で通っており、また奇抜なヘアスタイルもホワイト・ハート・レーン近くの行きつけの理髪店で切っている。また、左右で違うスパイクを履いている事でも有名である[2]。
- 感情の起伏が激しいのが玉に瑕で、前述の2014 FIFAワールドカップでの愚行や、メディアに対し大胆な発言で話題を振りまくことがある。
- 兄のマテュー・アスー=エコトもプロのサッカー選手であり、主にフランスやベルギーを拠点として活躍している。
所属クラブ
RCランス 2004-2006
トッテナム・ホットスパーFC 2006-2015
- →
クイーンズ・パーク・レンジャーズFC 2013-2014 (loan)
ASサンテティエンヌ 2015-2016
FCメス 2016-
代表歴
出場大会
試合数
- 国際Aマッチ 23試合 0得点(2009年-2014年)[3]
タイトル
- クラブ
- トッテナム・ホットスパー
- UEFAインタートトカップ 2005
脚注
外部リンク
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