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一ノ瀬俊民
大正から昭和前期の実業家、政治家 ウィキペディアから
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一ノ瀬 俊民(いちのせ としたみ、1885年(明治18年)12月27日[1][2] - 1958年(昭和33年)6月16日[2][3])は、大正から昭和前期の実業家、政治家。衆議院議員、佐賀県杵島郡武雄町長。

経歴
佐賀県[3]杵島郡、のちの武雄町[4](現武雄市[2])で、一ノ瀬傳三郎の長男として生まれる[2][5]。1915年(大正4年)長崎高等商業学校(現長崎大学)を卒業[2][3][4]。1920年(大正9年)家督を相続し[5]農業を営む[3]。
政界では、武雄町長、佐賀県会議員を務めた[2][3][4]。1937年(昭和12年)4月、第20回衆議院議員総選挙に佐賀県第2区から立憲政友会公認で出馬して当選し[2][6]、翼賛議員同盟に所属して衆議院議員に1期在任した[2][3][4]。
国政選挙歴
- 第19回衆議院議員総選挙(佐賀県第2区、1936年2月、立憲政友会公認)次点落選[9]
- 第20回衆議院議員総選挙(佐賀県第2区、1937年4月、立憲政友会公認)当選[6]
- 第21回衆議院議員総選挙(佐賀県第2区、1942年4月、翼賛政治体制協議会推薦)落選[10]
親族
脚注
参考文献
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