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三重県水産研究所
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三重県水産研究所(みえけんすいさんけんきゅうじょ、英語: Mie Prefecture Fisheries Research Institute)は、水産業の研究・指導を目的として設置された三重県立の研究所。本所は三重県志摩市にあり、鈴鹿市と尾鷲市に研究室を置く[2]。

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概要
「三重県水産試験場」として1899年(明治32年)5月2日に県庁内に設置されたものが始まりである。県立の水産試験場としては愛知県、福岡県に次ぐ3番目の設置であった[3]。当時の志摩郡浜島村(現・志摩市)の熱心な誘致活動により、同年中に浜島村大字浜島に移転した[4]。イセエビの人工孵化や遠洋カツオ漁の研究で業績を挙げ、地域経済に多大な貢献をしている。また水産試験場では珍しく、全国で唯一獣医師を配属させている
組織
沿革

- 1899年(明治32年)
- 5月2日 - 三重県庁内に三重県水産試験場として開場。
- 10月31日 - 浜島村に移転。区会所を仮事務所とする。
- 1901年(明治34年)3月 - 初代庁舎が完成。木造2階建で128坪だった。
- 1923年(大正12年)11月16日〜29日 - 当時の農商務省と日本航空輸送研究所の協力を得て水上飛行機「ちどり7号」から魚群探知に成功。
- 1930年(昭和5年)8月18日 - 三重郡川越村(現・川越町)に川越養魚場を設置。淡水域での養殖研究を実施。
- 1932年(昭和7年)12月25日 - 浜島の本場(以下「本場」と記す)が2代目庁舎へ移転。敷地面積が約3,091坪(≒10,218m2)に拡大し、講堂や無線、冷蔵室も設立された。
- 1933年(昭和8年)10月27日 - 北牟婁郡尾鷲町(現・尾鷲市)に尾鷲支場を開場。
- 1944年(昭和19年)3月 - 大日本帝国海軍に接収され、航空隊基地に転用。
- 1949年(昭和24年) - 高山活男所長の下で業務を再開。
- 1958年(昭和33年)4月 - 伊勢湾分場(旧・川越養魚場)を鈴鹿市白子に移転。
- 1960年(昭和35年) - 三重郡菰野町に湯の山養魚場を設置。
- 1967年(昭和42年) - 湯の山養魚場が独立、三重県内水面水産試験場となる。
- 1974年(昭和49年)4月 - 三重大学水産学部附属水産実験所を本場に併設[5]。
- 1978年(昭和53年)4月 - 三重大学実験所が分離・独立し、和具の座賀島に移転[5]。
- 1980年(昭和55年)10月 - 本場の隣接地に三重県栽培漁業センターを開設。管理を同所、運営を財団法人三重県水産振興事業団が実施。
- 1982年(昭和57年)3月 - 尾鷲分場を現在の尾鷲研究室の位置に移転。
- 1983年(昭和58年) - 本場を浜島港の埋立地である現在地に移転。
- 1984年(昭和59年)
- 4月 - 組織名を「三重県水産技術センター」に改称。
- 10月6日 - 「第4回全国豊かな海づくり大会」参加のため、当時の皇太子明仁・皇太子妃美智子が来訪。
- 1988年(昭和63年)5月 - イセエビの養殖に成功。
- 1998年(平成10年) - 三重県科学技術振興センターに統合される。[6]
- 1999年(平成11年) - 三重県内水面水産試験場を伊勢湾分場に統合、廃止。創立100周年を迎える。
- 2001年(平成13年)4月 - 「三重県科学技術振興センター水産研究部」に改称[6]。
- 2008年(平成20年)4月 - 現在の名称「三重県水産研究所」に改称[6]。
主な業績
現在の主要研究対象生物
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出典
- 三重県科学技術振興センター、水産技術センター『三重県水産研究の100年』平成12年1月
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 24三重県』角川書店、昭和58年6月8日、1643pp.
脚注
外部リンク
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