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伊号第六十三潜水艦
日本の潜水艦 ウィキペディアから
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伊号第六十三潜水艦(いごうだいろくじゅうさんせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。伊百五十六型潜水艦(海大III型b)の5番艦。
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艦歴
- 1926年(大正15年)8月12日 - 佐世保海軍工廠で起工。
- 1927年(昭和2年)9月28日 - 進水
- 1928年(昭和3年)12月20日 - 竣工。佐世保鎮守府籍となり第28潜水隊を編成[2][3]。
- 1934年(昭和9年)3月20日 - 1935年11月まで予備艦となる[3]。
- 1936年(昭和11年)12月1日 - 1937年7月まで予備艦となる[3]。
- 1938年(昭和13年)6月1日 - 艦型名を伊五十三型に改正[4]。
- 1939年(昭和14年)2月2日 - 未明に豊後水道で漂泊中、僚艦「伊60」に衝突され沈没[2]。
- 1940年(昭和15年)
- 1月22日 - 水深97mの海底から船体引き揚げ。同月29日までに殉職者の遺体の回収を終了した[5]。
- 2月2日 - 一周忌の当日、佐世保鎮守府で合同慰霊祭を執行。
- 6月1日 - 除籍。船体の損傷が大きく解体となる。
沈没事故の状況
1939年2月2日未明に、訓練のため豊後水道水ノ子島灯台西方の配備点で漂泊していた伊63の右舷補機室後部に、僚艦の伊60がほぼ直角に衝突し沈没した。艦橋にいた佐野艦長は助かったが、先任将校中島信義大尉以下81名が殉職した。伊60も艦首を損傷した。衝突の原因は伊63が配備点を誤っていたこと、伊60が伊63の右舷燈と艦尾燈を小型船舶二隻の燈火と思い込み、両燈の間を通過しようとしたことにあった[3][6][7]。
歴代艦長
※『艦長たちの軍艦史』429-430頁による。
艤装員長
- 八代祐吉 少佐:1928年5月16日 - 1928年7月10日
艦長
- 八代祐吉 少佐:1928年7月10日 - 1930年11月15日
- 中島千尋 少佐:1930年11月15日 - 1931年11月14日
- 伊藤尉太郎 少佐:1931年11月14日 - 1933年11月15日
- 加藤行雄 少佐:1933年11月15日 - 1934年3月20日
- (兼)貴島盛次 少佐:1934年3月20日[8] - 1934年5月10日[9]
- (兼)後藤汎 少佐:1934年5月10日[9] - 1934年7月16日[10]
- 加藤行雄 少佐:1934年7月16日 - 1935年11月15日
- 岡田有作 少佐:1935年11月15日 - 1936年12月1日
- (兼)清水太郎 少佐:1936年12月1日 - 1937年7月31日
- 永井宏明 少佐:1937年7月31日 - 1938年11月15日[11]
- 佐野孝夫 少佐:1938年11月15日 -
脚注
関連項目
参考文献
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