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児玉孝顕
日本の内務官僚 ウィキペディアから
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児玉 孝顕(こだま のりあき[1]、1879年(明治12年)6月21日[2] - 1961年(昭和36年)1月10日[3])は、日本の内務官僚。検事。

経歴
東京府に貴族院議員児玉淳一郎の長男として生まれた[4]。1904年(明治37年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業[4]。司法官試補、東京区裁判所検事、千葉区裁判所検事を務め、1912年(明治45年)に茨城県事務官に転じた[4]。茨城県警察部長、徳島県警察部長、特許局審査官・事務官、埼玉県警察部長、青森県内務部長、大阪府産業部長、営林局事務官・大阪営林局長を歴任[4]。
退官後は大阪市助役に就任し、その他に大阪府工芸会会長、大阪能率研究会会長、大阪商工会議所顧問、産業協会理事、日本能率聯合会副会長、大阪府方面委員銓衡委員などを務めた[1][4]。
親族
脚注
参考文献
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