トップQs
タイムライン
チャット
視点
冬樹社
ウィキペディアから
Remove ads
![]() |
沿革
1958年8月に設立[1]。設立直後に矢田挿雲『江戸から東京へ』を出版した後に休業し、1964年から出版活動を再開した[1]。1966年から定期刊行物としてスキー専門誌『スキージャーナル』を創刊するが、1969年にスキー部門を独立させて文芸路線に転じた[1]。二代社長・高橋直良[1]の下、編集者に森内俊雄や高橋徹などがおり、『坂口安吾全集』『岡本かの子全集』などを刊行[2][3]。
1980年代には、ニュー・アカデミズムブーム、ポストモダンブームと連動して、雑誌「GS たのしい知識」を刊行してニューアカブームを仕掛けたなどと言われた[3][4]。四方田犬彦『クリティック』、伊藤俊治『写真都市』、蓮實重彦『映画 誘惑のエクリチェール』、栗本慎一郎・吉本隆明『相対幻論』などを出したこの頃を、評論家の坪内祐三は「1980年前後、たしかに冬樹社という時代があった」と語っている[5]。しかし1980年代半ばに経営不安が囁かれ[6]、荻原魚雷によると1991年に廃業[3]。
Remove ads
定期刊行物
主な刊行物
出典
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads