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向氏宜湾殿内

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向氏 宜湾殿内(しょううじ ぎわんどぅんち)は、唐名・向嗣孝、前川親方朝年を系祖とする琉球王国士族(首里士族)。王国末期に宜野湾間切(現・宜野湾市)の総地頭を務めた琉球王国の大名小禄御殿の支流(分家)。

概要

系祖の六世・朝年は、小禄御殿四世・(大)具志頭王子朝盛の次男、島尻大里親方朝成の四男である。11世・朝昆、12世・朝保は、共に三司官を務めた。朝保は、明治維新慶賀使の副使を務めたが、尚泰王を琉球藩王にするとの大命を受けたため、帰国後売国奴として非難され、不遇の晩年を送った。『沖縄三十六歌仙』を編纂するなど、自身も歌人として著名。尚泰王の次男・尚寅が宜野湾王子を称したので、同じ家名を避けて宜湾に改めた。

系譜

  • 六世・前川親方朝年
  • 七世・前川親方朝邑
  • 八世・前川親方朝夷
  • 九世・朝宜(家名称号不明)
  • 十世・朝亮(伊是名親方)[1]
  • 十一世・宜野湾親方朝昆
  • 十二世・宜湾親方朝保
  • 十三世・宜野湾親雲上朝邦
  • 十四世・宜湾里之子朝松

脚注

参考文献

関連項目

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