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土居稲生
大日本帝国陸軍軍人 ウィキペディアから
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土居 稲生(どい いなお、1885年(明治18年)3月1日[1] - 1974年(昭和49年)11月29日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
経歴
高知県出身[1]。陸軍士官学校第16期卒業[1]。1920年(大正9年)8月に陸軍歩兵少佐に進級し[2]、1923年(大正12年)8月に陸軍大学校副官に就任した[3]。1924年(大正13年)8月に陸軍歩兵中佐に進級し[4]、1927年(昭和2年)3月に麻布連隊区司令部部員に転じた[5].
1929年(昭和4年)8月1日、陸軍歩兵大佐進級と同時に仙台連隊区司令官に着任し[6]、1932年(昭和7年)8月に歩兵第20連隊長(第16師団・歩兵第19旅団[7][8])に転じた[1]。1934年(昭和9年)3月5日に陸軍少将進級と同時に待命となり[1][6]、3月16日に予備役に編入された[1]。
予備役編入後は心泉義塾中学指導学監に就任した他に[9]、1938年(昭和13年)3月5日に国民精神総動員中央連盟より派遣され、逓信省管理局主催の講演会で講師を務めた[10]。その後、陸軍士官学校第16期卒業生からなる菊の花会顧問を務めた[11]。
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栄典
- 勲章等
- 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章[12]
脚注
参考文献
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