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大浦光信

戦国時代の武将。陸奥国種里城主。南部久慈氏--金沢家光-金沢家信(久慈元信)-大浦光信。兄弟に西館信建。 ウィキペディアから

大浦光信
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大浦 光信(おおうら みつのぶ)は、戦国時代武将陸奥国種里城主。南部守行の曾孫。

概要 凡例大浦光信, 時代 ...

略歴

延徳3年(1491年)、南部信時南部久慈氏の一族・南部光信を津軽西浜の種里城(西津軽郡鰺ヶ沢町)に配置し安東氏への押さえとした[6]文亀2年(1502年)、光信は大浦城を築き養子・大浦盛信に守らせた。

大永6年(1526年)、種里城[6]で死去。享年67(51とも[1])。

死後、盛信によって長勝寺に祭られた。なお、遺言として「死後も西の備えたらん」と述べたため、盛信によって甲冑姿のままで埋葬されたと伝えられている。

実子との説もある大浦政信は、津軽家の公称系図では孫(光信の長女・阿久と津軽に来た近衛尚通の間に生まれた)にあたる。

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光信の銅像 (種里城跡、1990年建立)

脚注

参考文献

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