トップQs
タイムライン
チャット
視点
大矢野種基
ウィキペディアから
Remove ads
大矢野 種基(おおやの たねもと)は、安土桃山時代にかけての武将・キリシタン。大矢野氏11代当主。肥後国大矢野城主。
略歴
大矢野種光(鎮通)の子として誕生。宇土の国人・名和顕孝の娘を室とする。剣豪・丸目長恵が一時身を寄せていたともいわれている。
天正15年(1587年)、室と共に受洗した。また、同年天草五人衆と共に豊臣秀吉の九州平定の際に臣従し、本領を安堵された。天正17年(1589年)に小西行長の宇土城での城普請の要求を、志岐鎮経や天草種元ら天草五人衆と共に拒否し反乱を起こした(天草国人一揆)。しかし、行長や援軍に来た加藤清正に鎮圧され、領地を没収された。
家臣
脚注
出典
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads