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太田宏次
日本の経営者 ウィキペディアから
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太田 宏次(おおた ひろじ、1932年11月29日[1] - )は、日本の経営者。工学博士。中部電力元社長。系統事故時の自主復旧操作方式や転送遮断方式を考案するなど、系統運用技術の近代化に貢献した[2]。
経歴
長野県松本市出身[1]。長野県松本深志高校を経て[2]1955年に東京大学工学部電気工学科を卒業し、同年に中部電力に入社[1]。1985年6月に取締役、1989年6月には常務、1991年6月には副社長に就任し、1995年6月には社長に昇格した[1]。2001年6月に会長に就任した[1]。また、1999年6月には電気事業連合会会長、2001年5月には中部経済連合会会長を務めるとともに、1970年から1985年まで愛知工業大学で講師、1998年には電気学会会長を務めた[3][1]。
2004年7月、知人の古美術商からの不明朗な古美術品購入により、中部電力への不信が膨らんだ責任をとるとして、会長職を辞任。同月をもって中部経済連合会会長の職を辞任し、2005年日本国際博覧会(愛知万博)協会副会長の職も早期に辞するとした[4]。同年9月の中部電力の発表によれば、購入した古美術品計262点を鑑定した結果、贋作も含まれ実際の価値は購入金額の2-3割であり、この取引の損害額が4億5700万円に上るとされた。同社は、損害額の9割を太田に賠償するよう求め、太田も支払いを了承したとしたが[5]、後に両者間での訴訟に発展した。
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著作
単著
共著
- (吉田弘一)給電工学-系統運用の理論と技術-(オーム社、1969年)
- (岡本正巳)送配電線の保護継電システム リレープラクティスシリーズ第2巻(電気書院、1976年)
脚注
参考文献
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