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家本秀太郎
日本の経済学者 ウィキペディアから
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家本 秀太郎(いえもと ひでたろう、1908年3月31日 - 1979年10月12日[1])は経済学者。神戸大学経済学部名誉教授。正四位勲三等瑞宝章。産業連関表で有名な米国経済学者のワシリー・レオンチェフの主著「アメリカ経済の構造」を訳した。クララオンラインの創業者である家本賢太郎は孫。
経歴
兵庫県神戸市兵庫区生まれ[2]。神戸市立第一神港商業高校を経て神戸商業大学(現・神戸大学)卒。肺と肋膜を患う[3]。1938年に同大講師となり、1946年神戸経済大学(現・神戸大学)助教授のち教授となる[2]。1953年神戸大学経済学部教授となり、1959年に北米欧州アジアへ出張[2]。1962年肝炎により死線をさまよう[3]。1967年神戸大評議員となり学園紛争に対応、そのストレスから体調を崩し1969年に胆のう切除、上下肢麻痺となったが、奇跡的に杖で歩けるまでに回復し、翌年復職[3]。1971年定年退職し、同大名誉教授、神戸学院大学経済学部教授となる[2]。
訳書
- 『アメリカ経済の構造:産業連関分析の理論と実際』(東洋経済新報社、1959年)
- 『社会会計と経済モデル』(東洋経済新報社、1964年)
脚注
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