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小宮山清三
日本の政治家 (1880-1933) ウィキペディアから
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小宮山 清三(こみやま せいぞう、1880年〈明治13年〉6月27日 - 1933年〈昭和8年〉11月4日)は、日本の地方政治家[1]。山梨県出身で、旧姓は長谷部[1]。
経歴
1914年に山梨県池田村(のち1949年に甲府市に編入)の村長に就任、その後1931年には県会議員となった[1]。この間、御岳昇仙峡や湯村温泉郷の観光開発にも関わった[2]。 小宮山は、地元山梨県のみならず、全国における消防団の育成普及に尽力し、大日本消防協会の設立にも関わった[2][3]。
小宮山は美術品収集家でもあり、高麗青磁など朝鮮陶磁器の収集で知られる。甲府教会の会員で、ともに甲府教会会員である浅川伯教・巧兄弟とも交流があった[2][4]。
柳宗悦は、1924年に浅川巧の紹介で初めて小宮山宅を訪れ、小宮山が所有していた木喰仏に出会い、その後の研究の契機となった[5]。
甲府市にある「呂山園」には、小宮山清三頌徳碑が残されている[6]。
著作
出典・脚注
外部リンク
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