トップQs
タイムライン
チャット
視点
山岡景宗
ウィキペディアから
Remove ads
山岡 景宗(やまおか かげむね)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。
略歴
当初は父と共に信長に仕え、天正4年(1576年)には松永久秀と共に石山本願寺攻めに参加している。信長の死後、父・景隆は羽柴秀吉(豊臣秀吉)と敵対して改易され、まもなく死去したが、景宗は秀吉から許されて1450石の所領を与えられ、馬廻の1人に列せられた。朝鮮出兵では秀吉に従い、肥前国名護屋城に在陣した。
秀吉の死後はその子・秀頼に仕え、大坂の陣でも豊臣方として戦ったが、戦後は罪を許されて徳川家康・秀忠らに仕えて本領を安堵されている。ただし『断家譜』では慶長4年(1599年)1月に61歳で死去としている。
脚注
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads