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旧神田家別邸(稲村亭)
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旧神田家別邸(稲村亭)(きゅうかんだけべってい とうそんてい)は、和歌山県東牟婁郡串本町串本字寺前生879-1にある建築物。登録有形文化財。
歴史
別邸の竣工

神田清右衛門家は串本有数の商家であり、多くの土地を所有する山林地主だったほかに、鯨漁などの事業も行った[2]。嘉永5年(1852年)の大飢饉の際、神田清右衛門家は村人らに米を施すなどして危機を救った[2][3]。
1874年(明治7年)、12代当主の神田直堯(なおたか)によって無量寺の門前近くに建てられた[2]。大工は串本の濱口武兵衛であり、後見大工は上野の藤本清七[2]。神田直堯自身の隠居所であり、接待、祝事、仏事などにも用いられた[3]。1871年(明治4年)春に西牟婁郡有田村(現・東牟婁郡串本町有田)の稲村海岸に巨木が流れ着き、その巨木を用いて建てたことが稲村亭という通称の由来である[2]。
保存と活用
2016年(平成28年)には土地と建物が神田清右衛門家から串本町に寄贈された[2]。2018年(平成30年)にはまちづくり会社である株式会社一樹の蔭が建物を取得し、2019年(令和元年)にはレストランの紀州原始焼 みなもが開店し、さらに同年7月1日にはNIPPONIA HOTEL 串本 熊野海道の一室となった[4]。
2019年(令和元年)12月5日、「旧神田家別邸(稲村亭)」として登録有形文化財に登録された[1]。登録基準は「造形の規範となっているもの」。串本町の登録有形文化財は樫野埼灯台旧官舎に次いで2件目である[3]。
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建築
脚注
外部リンク
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