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札幌市立大通小学校

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札幌市立大通小学校(さっぽろしりつ おおどおりしょうがっこう)は、かつて北海道札幌市中央区北2条西11丁目にあった市立小学校

概要 札幌市立大通小学校, 過去の名称 ...

沿革

  • 1889年(明治22年)7月15日 - 札幌女子小学校(北1条西4丁目、現・札幌グランドホテル敷地)として開校[1]
  • 1892年(明治25年)6月13日 - 創成小学校(北1条西2丁目)から附属幼稚園を本校内に移転[2]
  • 1898年(明治31年)4月1日 - 附属幼稚園を廃止[3]
  • 1899年(明治32年)9月1日 - 同一敷地内に校舎を増設して尋常科と高等科を分離、札幌女子尋常小学校札幌女子高等小学校とする[4]
  • 1904年(明治37年)6月7日 - 尋常小と高等小を合併、札幌女子尋常高等小学校とする[5][注釈 1]
  • 1917年(大正6年) - 新校舎が完成、移転(大通西11丁目[6]、現・札幌高等・地方裁判所合同庁舎敷地)[7][注釈 2]
  • 1923年(大正12年)7月5日 - 大通尋常高等小学校に改称[8]
  • 1931年(昭和6年)4月1日 - 大通尋常小学校に改称[9][注釈 3]
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令施行、大通国民学校に改称。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学校教育法施行、札幌市立大通小学校に改称 。
  • 1969年(昭和44年)7月1日 - 札幌市立陵雲中学校の旧校舎(北2条西11丁目、現・市立札幌大通高等学校敷地)に移転[10]
  • 1978年(昭和53年)4月13日 - 札幌市立中央幼稚園を併設、開園[11]
  • 2004年(平成16年)
閉校後の校舎の利用
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校歌

旧校歌

堀沢周安の作詞、島崎赤太郎の作曲により、札幌女子尋常高等小学校校歌として1921年(大正10年)6月1日に採用認可[15]、同年6月22日に制定された[16]。歌詞は次のとおり[17][注釈 4]

 
  1. 皇御国すめらみくにの 大御憲みのり
    かれしことを 記念かたみとて
    ひらめたる 学校まなびや
    さかえしるとこしえに
  2. 家の柱と りぬべき
    根ざしを雪に かためつつ
    にわ姫松ひめまつ 素直すなおにも
    そだち行くこそ うれしけれ
  3. 藻岩もいわの山に る月の
    きよきをつねの 心にて
    身のよそおいかえりみず
    つとはげまん 諸共もろとも

新校歌

飯田広太郎(1894年 - 1954年[18])作詞、工藤富次郎(1882年 - 1953年[19])作曲[20]により、大通尋常小学校時代の1935年(昭和10年)2月12日制定された[16]。歌詞は次のとおり[20][注釈 5]

  1. 街の真中を 貫ける
    広く直ぐなる 大通
    その名を負いて 学舎は
    北斗かがよう 大空を
    仰ぎて建てり
    永久に 永久に
  2. 広く直ぐなる 心もて
    誠の道を 進みゆき
    強く身体を 鍛えては
    望みあふるる 朝夕を
    迎えてうれし
    我ら 我ら
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出身者

文庫

1908年(明治41年)、創立20年を記念して戊申文庫を建設し、明治42年2月11日に開館した[28]が、大正10年頃に利用を中断している。その後、1924年(大正13年)6月30日に児童文庫を設立し、戊申文庫の蔵書を引き継いで運営している。児童文庫の蔵書は、学習参考書類416冊・文学書類370冊だった[29]

関連項目

注釈

  1. 『新札幌市史 第8巻2』133頁は日付を「6月8日」としている。
  2. 『札幌市史 文化社会篇』145頁が「4月」に「落成移転」、『札幌教育史 中巻』巻末年表6頁が「7月15日」に「新校舎完成」としており、正しい時期が判定しがたい。
  3. この改称日について、『おおどおり』47頁や『札幌教育史 中巻』173頁では「昭和5年3月28日」としているが、誤記と見られる。
  4. 歌詞、曲ともに著作権の保護期間が満了している。
  5. 歌詞、曲ともに著作権の保護期間が満了している。

出典

参考文献

外部リンク

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